さりげない一言が 時に、人を傷つけたり 喜ばせたりする。
どんな状況の どんな一言が どういう風に作用するか… それを その都度、考えながら喋っている人は あまりいない。
殆どが 自分の経験から 自然に身につけた感覚で話している。
よく、他人にズケズケとモノを言う人がいる。
そう言う人は遠慮が無いと嫌われやすい反面、気持ちのいい会話が出来ると好かれる事も多い。
私は 子供の頃、肺ガンで死期が迫った祖父の見舞いに行った際、
「爺ちゃん 遺言無いのか?」
と、親戚中で祖父に余命が僅かな事を告知するかどうか揉めているのを知らずに そう、聞いた事がある。
何も考えず ズケズケと物を言うガキだったのだ。
周囲にいた親戚達は 私の その発言に
「なんて事 言ってんの!」
と怒ったが、祖父はニコッと笑って
「おぅ… 忘れてたよ」と、言った。
その笑顔が 僕の記憶にある 生きている祖父の最後の姿だった。
小父や小母は「とんでもない子供だ」と それ以降、面会させてくれなかったからだ。
祖父の死後、担当の医者から「これを預かってました」と 祖父から親族にあてた手紙を通夜の時に届けられ、そこには 自分が肺ガンで助からない状態だった事を 告知しなかった事について親族総領を筆頭に叱責していた。
正確な文面は覚えていないが、その時 祖父は86歳で、本人曰く「何時、死んでも天命みたいなもの」とあり、その上で 余命いくばくと定められたからには その間にやっておきたい事があった… それを告知せずにいたばかりに やりきれずに死ぬ事に 非常に悔いが残る」という文面が数枚の便箋に綴られたもの。
そして、最後に 私に対して「オマエのおかげで ほんの少しだけど 悔いを残さずに済んだ ありがとう」と、あった。
今、思えば その祖父のさりげない 最後の一言のおかげで 私自身は「とんでもないガキ」から救われたんだと思う。
けれども、親戚内から「とんでもないガキ」と下された評価は 今に至っても変わっていない。
10年程前の事、私は仕事の関係で東京に在住しており、そこに 転勤で仙台に住んでいた従兄弟が 突然、倒れ 危篤だ…と知らせが入った。
親戚の大半は 北海道内に居住しており、仙台に 最も早く駆けつけられるのは私だけ。
倒れた従兄弟は 弟の様に可愛がっていた奴だから 私は その日の仕事を全てキャンセルして仙台に行った。
「脳けいれん」という 聞いた事も無い病名を告げられ、従兄弟はICUの中 生命維持装置で かろうじてもっている状態。
誰が見ても「こりゃヤバイ」状態だった。
従兄弟の奥さんが幼い子供を抱えて 心細げに付き添っている。
数時間、その奥さんと いろんな事を話したが、私は どうしても その日のうちに東京に戻り、翌朝 早くから仕事で行かなければならない所があった。
だから、別れ際
「何かあったら すぐ電話頂戴ね すぐ、とんでくるから」
と言ったのだが…、この一言が マズかった。
「生きるか死ぬか」
その瀬戸際でハラハラしている奥さんにとって 私の言葉の中の「何かあったら」は「死んだら」という意味に 聞こえてしまったのだ。
そして、「あぁ この人は、旦那が死ぬ、絶対に助からないと思っている…」という解釈になり、「薄情な人」となったのだ。
言葉っていうのは 本当に難しく、恐ろしいものである。
数日後、奇跡的に従兄弟は目覚め 多少の後遺症は残りながらも快復した。
しかし、快復の知らせどころか 一切、私に電話は無かった。
しばらくして、別の親戚の法事の席で その私の言葉を心無いと ある親戚から責められ、初めて真相を知るに至ったのだが…。
私は「何でも 私に出来ることがあったら言ってくれ」という意味で発した言葉だったのだが、状況を間違えると 意図した事とは裏腹な意味で伝わってしまう例である。
私は そういった記憶の中のエピソ-ドから いくつか学んだ事がある。
祖父の肺ガンや 「世界の中心で愛をさけぶ」の白血病など 当時は ほとんど不治の病といわれながらも 現在、完治の確率が飛躍的に増加した病気は多い。
だが、進行具合や 発症部位によっては 死亡率が高く、必ず治るかは判らない…という病気は多い。
自分の身内が そういう病気に冒され、医師から「余命 ~です」と言われた時、それを本人に告知するか否か?
これは 大きな問題である。
でもね、いつも不思議に思うんだけど 自分の寿命が尽きかけている事を本人が知らない…ってのは正しい事なのか?と。
「あの人は 性格的に弱いところがあるから…」
だから、告知をすると 気が弱るんじゃないか… なんて考えるのは 余計な御世話なんじゃないか…とね。
誰の人生にも いつかは終わりが来る。
その人生が長いか短いかは その人生を味わった本人が決める事。
それに、私の知る限り「余命幾ばく…」という状態になると 人って、自然に それを悟るようである。
見舞客や 医師や 看護婦の さりげない一言の中から いつしか、何かを悟るのだろう。
どんなに隠し通そうとしても どこかに無理や矛盾が生じるのだ。
「自分の寿命が いつ尽きるかなんて
普通は誰にも判らない事だけど、
余命宣告を受けたおかげで
寿命が いつ尽きるかを知れたから
その間に それなりにやりたい事が
出来て満足したわ…」
これは「世界の中心で愛をさけぶ」第6話で紹介した 白血病で倒れた私の同級生が 亡くなる2週間ぐらい前に言った言葉。
「死生観」という表現・言葉がある。
「死とは どういうものか? 生とは?」
それを考えていく時に 例えば、
「いつ死んでもいいように悔いの無い人生を…」
とか、武士道で言う
「死ぬ事とみつけたり」
という事になる。
最近の 正確な平均寿命が何歳か知らないが、70代、80代が増えて高齢化社会が…と言われているぐらいだから 何事も無ければ それぐらいは生きるのであろう。
だから、10~30代ぐらいの年齢の若者に「死生観」なんて言葉は無縁であろう。
面白いモノで 20代から30代までは やたらと友人達から結婚の案内状や 出産の話ばかりが舞い込んで「慶事」ばかりが目に付く。
しかし、40代に差し掛かると一転して「弔事」の数がグンと増え始める。
すると、いつしか自分の「死生観」を意識する瞬間が生じ、「若い頃 もう少し…」と ほんの少し悔いる気持ちが芽生える。
だから、そうなると余計に「告知すべきか せぬべきか…」という事は難しい問題になってしまう。
しかしながら、私は その亡き友の言葉に光明を得る。
告知で知った 残りの期間に 悔いを減らす。
その為には 常に「告知しろ」と 私は家族に言い続ける。
18歳で「死生観」を 身をもって示したくれた 亡き友に深く感謝をしつつ…
補記。
この回の大島さと子の演技は絶品だった。

こんばんは^^
「死生観」って、あまり意識していませんが、(セカチュウ見て少しは意識してますが…)受験・就職、離職とか人生の分岐点など決して後悔しないよう今を生きようと心掛けています。(^^ゞ
TBありがとうございます ∈^0^∋
TB返し (ノ-_-)ノ
★ zekuw さん
TB失礼しました。
(8) 期待してます。^^