私の父は人気者だった。
いつも堂々としていて 歯に衣着せぬ言動で 相手が上司だろうが、ヤクザだろうが 平気で時には食ってかかる人だったが、思っている事を口にする分、腹に溜める事が無く、喧嘩した相手であっても 父の真意を理解した人は すぐ仲良くなる… そういう人だった。
大酒のみで、でも酒に強く、大抵の人が飲み潰れていても豪快に笑っている人だった。
そんな男だったから、歓送迎会等 宴会があると決まって乾杯の音頭を取る役が多く、その際に行う 簡単な一言の挨拶が 実にウィットにとんでいて周囲には それを聞くのが楽しみに集まる人も多かった。
父も父で 実は そう言う場でスピ-チするのが 実は大好きで、前日の夜に風呂に入りながら ブツブツと独りでリハ-サルしている姿を何度か見たものだ。
そんな父が ポックリと呆気なく死んだ時、札幌市内でも指折りの大きな斎場であったにも関わらず、用意した席では全然足りず、廊下まで溢れるぐらいに弔問客が集まって下さったのを見た時は「親父、凄ぇじゃん」と その偉大さに感動した。
そんな方々が 皆、口を揃えて 喪主の私に「親父さんの豪快な乾杯スピ-チ聴けなくなるのは寂しいなぁ…」と言ってくれたものだ。
僧侶の読経が終わり、喪主の挨拶の段になり、私は大勢の弔問客を前に挨拶を述べ始めた。
「本日は 大変、暑い中、しかも、皆様お忙しい中を御参列頂き…」
喋っているうちに なんとなく、
「こんな時、親父だったら 何て話すのかな…」
という思いが 頭を過ぎった。
そして、父がスピ-チする時に 必ず最後に付けていた台詞を思い出し、
「どうせ喪主は 個人の成り代わりなんだから いいや」
そう思って 挨拶の最後を
「尚、故人に成り代わり 最後に もう一言だけ失礼いたします。
本日、御参集頂きました皆様の御多幸と 御参集頂かなかった方々の御不幸を祈念して 甚だ簡単ではありますが、挨拶に代えさせていただきます。」
と、締めた。
父は いつもそう言ってスピ-チを締め、「乾杯!」とやっていたのだ。
斎場内は 一瞬、静まりかえった。
中には、呆気にとられた顔で 私を見ている人が一杯いた。
しかし、すぐに どこからか
「いい挨拶だ! それでこそ 親父のセガレだ!」
と 野次が飛び、方々から拍手の音が響き始め やがては いろんな掛け声と共に 半数以上が拍手しだした。
斎場で拍手と掛け声が飛ぶ… 斎場関係者には 余程、奇異だったのであろう。
泣き笑いしながら「良い葬式だった」と言って帰途についた弔問客が少なくなかったそうである。
斎場の責任者から 後になって、「いやぁ いろんな葬儀に携わってきましたけど 今回は勉強させて頂きました」とも言われた。
しかし、一部の親戚からは「親父の葬式で なんて挨拶するんだ このバカ」と酷く怒られた。
元々、父の遺伝子を貰っていた影響もあるのだろうけど、そして 元々、私も 歯に衣着せぬ言動の持ち主であったけど…
多少は他人の顔色や世間体を気にしていたところがあったのだが、その時以来、「俺は これでいいんだ」と腹を括れる様になった。
「文句があるんなら いつでも親戚の縁を切ってくれて構いませんよ」
それまで、両親のてまえもあって遠慮していたが、初めて 大叔父に対して言い返した。
もの凄く、清々しい気分だった。
しかし、そのぶん翌年から 娘の貰えるはずだった「お年玉」は減った。
んん
いつもいつも
いいお話です
ブタネコさんはそんな人徳の厚い親父さまの
遺伝子をしっかりと受け継いでるって感じがします
お恥ずかしい限りです^^;