2005年03月21日

●知覧(鹿児島県)


九州には7つの県があるわけだが、私は個人的に その中でも鹿児島が 特に訪れる機会の多い県である。




仕事の関係…と言ってしまえばそれまでだが、熊本や宮崎まで行ったならば どうしても数日の余暇を確保して鹿児島に行きたくなるのだ。


鹿児島… 中でも、


「鹿児島県川辺郡知覧町郡17881番地」


そこにある「知覧特攻平和会館」 ここだけは、機会があれば「日本人なら必ず行け」と申し上げたい。


主に、旧陸軍の特攻隊に関する 慰霊・祈念の展示館なのだが、館内に展示された 遺影や遺書を読んでみるといい。


おそらく、今の20代前半の若者達に 書けと言っても無理なぐらい、格調高く しっかりした文体の遺書ばかりである。


遺書の内容については 人によっては「自らの意思をそのまま記したのでは無く、半ば強請されて書いたんだ…」と解釈し、それ以外の何物でも無い…とまで言い切ろうとする輩がいるが 内容の解釈は どうでもいい。


強請だったのか、自主的だったのか、その如何に関わらず、特攻隊として散華していった1000人余りの遺影や遺書が そこにある…という事が重要なのだ。


彼等は 年若くして 事故でも病気でも寿命でもなく 国に殉じたのである。


私が それらを前にして思ったのは、理由の如何に関わらず、その方々は戦争で それも特攻という特殊な形で亡くなった… その証としての遺影であり、遺書なのである…という事だ。


何故、彼等の御霊に対して 国として慰霊の意をきちんと表さないのか? 大いに疑問を抱くのである。


戦争が悪…、敗戦国としての立場…、そんなものは どうでもいい。


国のため、もしくは 国のせいで亡くなった方々に「ありがとう」でも「すいませんでした」でも どちらの意味であろうとも きちんと慰霊の意を示す事が弔いなのではなかろうか?と。


首相が靖国神社に参拝したら「公用」か?「私用」か?と タテマエばかりを問うマスコミ、それに対して「不快感」を表す中国や韓国。


そんなバカタレ共の顔色を窺ったり、御機嫌を取る必要なんか無いのである。


国家の為に殉職した者に対しては 特攻隊員であろうが、警察官や消防士であろうが 区別無く、国として慰霊すべきなのは当たり前の話であって 他者の御意見や顔色を伺っている事自体が もう既に大人の行為では無い。


イラク戦の最中、公務中にテロリストの銃撃に遭い殉職した2名の 我が国の外交官の記憶は まだ新しい。


日本以外にも いろんな国の外交官等、公用でイラクに赴き、殉職した者は少なくない。


しかし、その際に 日本以外の国では殉職者の葬儀は 国葬もしくは国葬に準じた葬儀を執っている。


にも関わらず、日本では どうだったか? 知らない人の方が多いだろう?


葬儀すら満足にして貰えずに、国の為に命懸けで働けるのか? と、私は国に問いたいのだ。


機会があるなら 知覧に行ってみると良い。


そこに並んだ遺影や遺書を見たら カッコつけた台詞やタテマエなんか言えなくなる。


言葉に表せない… しかし、その人なりに何かの感動や、恐怖や、情け無さや、申し訳無さや、有り難さ…等の入り混じった感想を必ず抱く。


戦争を語るのなら まずは それからだ… と、私は思う。


【参考URL】

・『知覧特攻平和会館について

・『旅行&F1【Hello World】』さんの
 「鹿児島」というコンテンツの中の「ミュージアム知覧 知覧特攻平和会館」という掲示

鹿児島県川辺郡知覧町郡17881




【TBを送信させて頂いたブログ先】

・『MAC'S GADGET』 「歴史認識
・『あさひ素材 社長雑記』 「素敵だけどな~日の丸




記述者:ブタネコ | 掲載日時:2005年03月21日 17:22 このエントリをlivedoorクリップに追加 このエントリーのlivedoorクリップ被リンク数 このエントリーを含むはてなブックマーク このエントリーのはてなブックマーク被リンク数
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コメント

私が感じていること・・・うまく文章表現されてますね~。
日本の戦前は軍国主義で良くなかった。
戦後は民主化政策で良くなった。
と唱えるのは、あまりにも浅はかであると私も思います。
その当時の時代の雰囲気というもがあったんですから、一概に間違いとは言えないですね。
現状の今こそ、後世どのように批評されるか懸念されます。

靖国神社の件にしても、A級戦犯って・・・
それすらおかしな表現ですもんね~。

1952年(昭和27年)4月28日のサンフランシスコ平和条約の発行によって日本の主権回復後、改進党(現自民党)などによって戦争犯罪者とされた人物の名誉回復活動が開始され、
戦犯の国内での扱いに関して、1952年(昭和27年)5月1日付の法務府注意総発第52号「連合国の軍事裁判により刑に処せられた者の国内法上の取り扱いについて」において戦犯拘禁中の死者をすべて「公務死」、戦犯逮捕者を「抑留又は逮捕された者」として取り扱うと通知されるとこういう経緯もある訳ですもんね。

知覧は鉄道もなく、すこし交通には不便な場所ではありますが、是非機会があれば訪れてみてください。
知覧茶もおいしいですよ(*´ー`) フッ

鹿児島市内の城山、南洲墓地などで桜島を見、西郷南洲翁の事を思ってみたり。

鹿児島にほれ込んでしまい、住み付いてしまったWenでした~。


コメント by Wen | コメント受信日時 : 2005年03月21日 20:48

 一理ありますね。たしかに戦争中だけの問題ではなく、現在でもおきている問題として捉えられると思います。
 なぜか日本民族は、冷酷にも全体のための犠牲者を平気で出し、それをまったく評価しない一面を持っていると感じます。
ご多分に漏れず先進国ではこんなのは日本だけで、あまりに非常識なのではないかと感じます。

●ひとつは被害者を生む体質。たとえば現在では、どの会社でもよほど容態が悪くない限り休暇を取れないことが多く、育児休暇を事実上認めない企業はいまだに多い。
 まわりの人たちが、手が回らないと言い訳して休ませない。逆に一度でも休めば復帰のチャンスを与えない。また休まれたら困るから。
 本来なら、欠員を補うのも仕事のうち。いそがしいとはいえ、職務怠慢というか予定が狂うことを極端に恐れ、またそれに対応しようとする元気がない。
 後を絶たない過労死をさせているのは、死んだ本人の固い勤労意欲よりも、むしろ全体がさせていることもあると思います。

 旧日本軍だけではなく、責任を分担する柔軟性が、それぞれの組織のトップをふくむ全員の発想の中にたりないのではないでしょうか。人員の足りない部署などでは、あたりまえだけど人員を増やさなければならないし、さがせばほかの部署には暇な人もいる。これは電話一本の手配ですむこともある。
 周りの目を気にし頑固に強がりをいって手助けを求められず、結局こなしきれずにもっとも勤勉な者にしわ寄せをしつづける。

電話一本頭を下げて済む手配ができないために、職場のアンバランスがいつまでたっても解消されない。軍ならそれは各部隊への戦力配分とかにあたるのでしょう。いつまでたっても大艦巨砲主義で、敵の通商破壊作戦に柔軟に対応できない戦艦ばかりつくる。通商破壊で沈んだ船には人が乗っていたのです。

 もしも欠員を補えるだけの人員確保のために採算が取れなくなるのならば、その企業というか組織はその事業を続ける資格について考え直さなければならないはず。

●もうひとつは、功労者を大して評価しない体質。青色発光ダイオード開発の功労者に対する裁判は記憶に新しいですね。
 アントニオ猪木が湾岸戦争当時、フセイン政権下のイラクでプロレス興業を行い、友好的に人質解放に成功したときは、その後拳銃事件とやらで社会的に抹殺されかけていました。英雄の足元を掬うって普通じゃないような…。

 企業関係者の内部告発があいついでますが、告発者の権利の保護がおざなりとか。告発したことで業界から締め出されることが多いといいます。
日本ではいまだに告発は勇気がいるどころか、人生を捨てなければならないくらいの状況です。社会の発展のために勇気を出したのだから、外国だったら英雄です。

現代の日本においても、報われない特攻隊員たちはいまだに増え続けているのだと思います。

コメント by [FEF]Jail | コメント受信日時 : 2005年03月22日 00:03


「戦争」とか「軍隊」という言葉が出ると 臭いモノに蓋…みたいに扱ったり、関わりになるのを避ける…というのが 大人の振る舞い…みたいな風潮が この国では成立してしまった感があると思います。

憲法9条の解釈、靖国問題、自衛隊の存在… そういった問題は 昨日・今日の話ではなく ずっと、何十年も前から先送りされてきた事ばかり。

結局は そういった問題に踏み込んでしまうと どこかに「責任」の所在を追求されるわけで 「ネコの首に鈴」という 腹を括って物事に対処しようとする人がいない。

常に どこかで「責任」から逃れようとする者ばかりが公的な仕事に就いているところを そろそろ問題視すべきなんじゃないか?と思うわけです。

私は軍人家系の家に育ち、自衛官の息子でもありましたが、親や祖父や小父達から軍国主義教育を受けた訳では無く、自分自身の目や耳で いろんな矛盾に遭遇した時に 自分なりに学んできたつもりです。

しかし、その学ぶ過程において 多くの書物の記述や 知識人とか評論家と呼ばれる人達が 誤った歴史観に基づいて語る「事実認識」が実に多く、教師と呼ばれる職に就く者達の中に 実に多くの思想の偏った者が多かったという事は 紛れもなく、自分自身の目や耳で確かめた事です。

その結果、先に挙げた先送りの話が ここにきて色々と論じられ動き出してきている中、肝心な事に 誰も触れないのが納得いかないだけなのです。

その肝心な事とは「戦没者の慰霊」です。

原爆の碑にも「二度とこのような過ちは…」とありますが、「二度と戦争を起こさない(関わらない)」という考えは良いと思います。

しかし、太平洋戦争にも関わらない教育や風潮は誤りだと思います。

反省すべき点は反省し、改善すべき点は直して 良い形に発展する事を思えば、明治以降の近代史を きちんと検証すべきと思うわけです。

それこそが、犠牲になった民間人も含めて 戦没者の尊い犠牲に応え報いる事だと思うのです。

「特攻平和館」に行って見ろ…と申し上げたのは 軍国主義に戻れ…という意味ではありません。

思想の偏った教師や 無責任な公職者達によって 無関心にさせられてしまった事に 目を向けてみな…と言いたいだけです。

そこから、何を どう受け止め、どう解釈して、如何に考えるかは それこそ各自の取れる責任の範疇内でのみ 自由と思うからです。

コメント by ブタネコ | コメント受信日時 : 2005年03月22日 01:13

TB有難うございます。
イラクで殉職された外交官のお二人。
成田で迎えたのは千葉県警の儀杖隊のみと聞きました。国は何もせず・・・
本来は自衛隊の儀杖隊が迎えるべき場面でしょう。千葉県警には申し訳ないが、国と県では格が違います。
外務省は「外務」省ではないのですね。

コメント by mac | コメント受信日時 : 2005年03月27日 11:02

>macさん コメントありがとうございます。

私の記憶が正しければ…

イラクで殉職された外交官の「帰還」に際して

・日本政府は、政府専用機もチャーター機も用意しなかった。
(テロリストに拉致され大騒ぎの末 帰国した民間人は チャ-タ-なのに…) 

・ 直行便ではなく 民間機の民間航路の定期便で、ロンドン経由で帰ってきた。
(これじゃ 貨物扱いじゃん)

・当初、成田到着時に儀仗隊など 出迎えの準備など殆ど無かった。
(千葉県警の儀仗隊が駆けつけたのは 出迎えの手配が何も無い事を見かねた警察幹部の手配と あくまでも儀仗隊の有志である)

・棺の出迎えに、川口順子外務大臣はいた。しかし、小泉純一郎首相はいなかった。
(最初から 外交官2名に対する弔意が無かった…と言われる所以である)

コメント by ブタネコ | コメント受信日時 : 2005年03月27日 16:18

私も同感です。
日本という国は不思議な国ですね。
政府が何を考えているのか、何を大事にしているのか、よくわかりません。
摩擦を嫌がるばかりに当たり障りの無い八方美人的な態度が諸国に認められない原因なのでしょう。

靖国神社には遊就館という戦争資料館があり、ここにも特攻隊員の遺影や、出撃前に家族に宛てて書かれた手紙等が展示されています。
その文章はひたすら純粋で頭が下がるとともに涙がこみ上げてきます。
日本人であれば国を守るために命を投げ出した彼らのことを知る義務があると思います。

コメント by [=Z=]MITARO | コメント受信日時 : 2005年03月31日 01:28

私が知る限り 腰を据えて言い返した…という話を知りません。

せいぜいが、「甚だ遺憾」程度でしょうか。

「遊就館」に触れるのを忘れてました。

本当に申し訳ありませんでした^^;


コメント by ブタネコ | コメント受信日時 : 2005年03月31日 05:30

はじめまして。日記読み中にリンクを辿って、こちらに伺いました。

鹿児島に「知覧特攻平和会館」というのがあるのですね。当方、広島在住です。
江田島の海上自衛隊第1術科学校
http://www2.city.etajima.hiroshima.jp/kankou/rekishi/rekishi_001.htmlを思い出しました。
…あの遺書や遺品は胸に迫る物がありますね。

コメント by purin | コメント受信日時 : 2005年04月06日 06:48

>purin さん 

コメントありがとうございます。

胸に迫りますね。 何も言えなくなります。

コメント by ブタネコ | コメント受信日時 : 2005年04月06日 14:13

私も特攻平和会館には、5回訪れています。
ここを訪れる前は、左翼教育にかぶれていましたが、ここで目ざめさせられた感があります。もしかしたら、小泉首相もそうなのかもしれませんね。

遺書に関してですが、繰り返し読んでいると分かってくることは、検閲済みのものもあれば、そうでないものも混ざっていることに気付きます。検閲済みのものであっても、軍への批判っぽいものもあるので、特攻隊員への検閲はそれほど厳しくなかったのかもしれません。

何よりも大事なことは、彼らが天皇のためにでなく、家族、友人など近いものたちを守ろうとした意思だと思います。靖国批判するものたちは、すぐに天皇制に結びつけたがりますが、彼らはそうではなかったのでしょう。

我々は、靖国や護国神社へ参るべきでしょう。

コメント by とおりすがり | コメント受信日時 : 2005年11月14日 17:35
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