今から20年近く前の事、北海道のある機関区で廃棄放置されていた SLと呼ばれた蒸気機関車(C62型)を復元する運動が盛り上がり、実際に 線路を走るまでに復元・整備され 一時期は観光列車として活躍していた時期がある。
その運動の大口の出資者が その当時、仕事上で付き合いのあった あるゲ-ム・ソフト会社の経営者だった事もあって 私も少なからず協力させられた経緯がある。
SLと言えば この”シロクニ”と呼ばれたC62型と並んで ”デゴイチ”と呼ばれたD51型等 往年の鉄道マニアの郷愁をそそる物は無く、モクモクと煙を上げて シュポシュポ走る姿は 排煙公害を迷惑がる人達もいるのは知っているが、古き日本の昭和を思い起こす上で 貴重な文化財産だと私は思う。
そんな復元運動に協力していた人達が集まる会合の席で 雑談の際に 参加者の一人が
「SLの復元が終了した暁には 私は零戦を復元したい…」
と発言した。
私は その発言に大いに賛同した。
「実際に 零戦が空を飛ぶ姿が見たい…」
正直言って SLの復元よりも 私には魅力的な話だった。
ところが…だ、それまで 和気藹々だった会合の雰囲気は その発言を機に
「軍国主義の再来だ!」
そう怒り出した人が何人か現れ 一気に険悪な雰囲気と化した。
これには ひとつの理由がある。
SL復元運動には 元国鉄マンが多く参加していたのだが、日本国有鉄道労働組合 略して「国労」は 有数の共産主義及び社会主義に毒された連中であったがゆえに 特有の思想の持ち主達だったから なんでもかんでも すぐ「軍国主義」に結びつけて反対する輩が多かったのだ。
結果から言えば、他にも色々な問題があり、当初の出資者が途中で出資を止めた事が大きな理由のひとつとなってC62復元運動は 当初の予定を大幅に狂わせ長引き、結果的には 復元には成功したが、当初の計画は大きく狂い維持管理などに障害が発生した。
当初の出資者が途中で その出資を止めた理由のひとつが その零戦論議が原因だったと 私は認識している。
「実際に 零戦が空を飛ぶ姿が見たい…」
そう思っていた人物達が SL復元から手を引いたのである。
まぁ、右寄り・左寄り いろんな考えがある。
正直言って 私の個人の考えが「右に寄っている」と言われても 私自身、否定は出来ない。
ただね、落ち着いて冷静に考えてみて欲しい。
SLに憧れた人がSLを復元させたい…と思うのと 飛行機に憧れた人が零戦を復元させたい…と考える事の 根本になんの違いがあるのか? とである。
SLは公共の乗り物だけど 零戦は兵器じゃないか… 反対する人は そう言う。
でもね、零戦を復元したいと願う人達が 兵器としての零戦の復元を願っているのか?と言えば 殆どはおそらく
「20mm機関砲の部分だけは ハリボテで構わない。 軽快に空を飛び回る様が見たいんだ」
と言う。
どうもね、零戦には 軍国主義日本の象徴的存在として アレルギ-の様に拒絶反応を示す人が多いのだが、私は その過剰なまでの拒否反応に ある種の不可解さを拭えない。
戦後、日本が高度経済成長して 単なる敗戦国から、とりあえず世界で堂々と張り合える(実際に張り合っているかどうかは 別だが)国になる過程で 日本を支えたのは いろんな技術力だった事は どんな教科書にも書いてある。
世界の歴史、技術の歴史を紐解くと 技術の発展には「軍需」としての発展が大きな影響を与えているのは 紛れもない事実である。
たとえば、最初は 軍事利用目的として研究・開発された物が 民需用に応用されて発展した… そんな技術は沢山ある。
判りやすい例を挙げれば 今、国内輸送の基幹のひとつとなっている新幹線、これの最初の設計者を含む開発者は 戦時中、爆撃機を設計開発していた人々が多く含まれている。
三菱をはじめ、富士重工や日産などが 戦後、トップ企業となっていく過程において 製品開発の分野で功を遂げた人々の殆どは 戦時中になんらかの兵器開発に関わった人達が多いのである。
宇宙開発として 研究利用されているロケットの 元々の基礎はミサイル技術である。
ミサイルの航続距離を伸ばし、着弾の精度を上げ、爆発力の威力を増し… その応用が月に着陸したアポロとなり、スペ-スシャトルになったわけだが、その辺に関しての軍需と民需の境界線は 実は曖昧なままなのに関わらず、日本人は「平和利用だから…」というタテマエだけで それ以上、気にしない。
「零戦」というのは 太平洋戦争勃発時、世界最強と言われた戦闘機である。
これを兵器として考えるのでは無く、ひとつの工業製品と考えた場合、その当時の技術の粋が いろんな部分に込められての結晶であると言える。
ただ、惜しむらくは 戦闘機…という兵器だったが故に「文化財」とは認められず、戦争を想起させる権化扱いされるのである。
で、話を戻す。
飛行機に憧れた人が 昭和初期のレシプロ機を復元させたい…と考える事は おかしな事なのだろうか?
いろんな種類がある昭和初期のレシプロ機の中で 世界中が傑作と認めた飛行機を復元させたい… と思う事は そんなに、おかしな事なのだろうか?
1995年 茨城県の竜ヶ崎飛行場で オリジナルの栄エンジンで飛行する事のできる唯一の零戦が 戦時中、アメリカの傑作機と呼ばれたP-51ムスタングと共に デモ・フライトする行事があった。
このデモフライトに関しては その許可を取り付けるまでに紆余曲折の変遷を辿っているが 今回、それには触れずにおく。
ただ、その紆余曲折を 伝え聞いた私は どうしても、そのデモ・フライトが見たくて 予定を全てキャンセルして 竜ヶ崎に行き、そのフライトを見たのだが… 初めて聞く、オリジナルのエンジンの音や 軽快に空を飛び回る様に 何故、傑作機と呼ばれたのかの片鱗を見る思いがした。
残念なのは その現存する その唯一の零戦は 日本の物では無く、アメリカ人(法人)の所有であるという事。
何故、日本国内には1機も無いのだろう?
そこには 戦後、武装解除に従い稼働機を破壊、もしくは連合国へ無償引き渡しした経緯など いろんな事情がある。
これは日本に限らず、ドイツやイタリアも同様である。
けどね、ドイツに行ってみれば判るけど ドイツには ちゃんと飛行可能なBf109(メッサ-シュミット)がある(1999年に壊れた…という噂も聞いたが…)
また、FW190(フォッケウルフ)に関してはオリジナルの設計図を基に 復元では無く新造までしたのである。(2000年頃に12機を作ったという話を聞いている)
メッサ-シュミットやフォッケウルフとは 日本の零戦と同様、第二次大戦におけるドイツの主力戦闘機である。
「零戦を復元する事により、零戦ブ-ムが流行ると、諸外国(特にアジア諸国)から日本の右傾化を憂慮され…」
と懸念される方もおられるかもしれない。
そこでね ひとつ 個人的な経験での笑えない話を 最後に御紹介しておく。
私のよく知る ある人物が、ある国を訪れた時、たまたま、そこで国の違う人 数人と話す機会があった。
(仮に 米・英・独・仏が一人づつ それに日本人である知人とでもしておこう)
で、その場で知人は 外国人達から冗談半分ではあるが、こう言われた
「日本に核兵器が無いと 証明できるか?」
これは 米軍が日本に持ち込んで貯蔵している可能性…という意味では無い。
「日本が 独自にオリジナルで作った核兵器を持ってんじゃないの?」
と言う意味である。
先頃の 湾岸戦争における 開戦の大義名分は何だったか?
「イラクに大量破壊兵器(核も含む)があり、放置しておくわけにはいかない」
という意味じゃ無かったか?
現在、北朝鮮に対する6カ国協議の 主要議題は何か?
「北朝鮮の核開発、核兵器所有疑惑」
じゃなかろうか?
で、考えてみるといい。
日本は 唯一、核兵器による攻撃を受けた国である。
核兵器に対する概念は 独特のものであるから 国家として核兵器を開発・所有する事を国民が認めるはずは無い。(それに関しては 私も完全に同意する)
しかし、諸外国から見れば 日本には核兵器を所有していても全然不思議では無い程の施設、技術力、プルトニュウムの保有量があると 見方によっては見える…という事実。
ある日、突然 日本の気が変わって
「ウチにも実は 核兵器ありま~す」
と言ったら、イラクや北朝鮮なんかよりも
「確かに あっても不思議じゃない」
と諸外国が思う条件が揃っている…という事である。
そこにもってきて、近頃は 独自で衛星を打ち上げる事に一生懸命になっている。
衛星を打ち上げるロケット技術は 先にも述べたようにミサイル技術の応用なのである。
こうやって申し上げると
「日本だけは そんな事しない…」とか「空想・妄想の極論だ…」とお叱りを頂戴するかもしれないが、私の知人は たとえ冗談半分であったとは言え、諸外国が 勝手にそう思い込むのを否定するのは難しい…と 本当に感じたそうである。
唯一の被爆国であるが故に 核実験反対、核廃絶を声高々に唱えながら 世界でも有数の原子力発電所を持ち、その為の物と称して 核燃料を保有する国なのである。
これだって見方によっては もの凄く矛盾した国に 諸外国からは見えるだろうと思う。
ゆえに そんな矛盾した国が「ウチに核兵器がある訳無いじゃないですか?」と言ったって 最近の中国や韓国みたいに 自国の都合でしか物を言わない国に信用して貰えると思う?
以上の事は 諸外国が一方的に偏見の目で日本を見れば…というのが前提ではあるが、日本人は そんなの「あり得ないよぉ」って感じで まともに話も聞かず、真剣に考えてみよう…という事すらしない。
さて、もう一度 本論に戻る。
単なる飛行機マニアの「実際に 零戦が空を飛ぶ姿が見たい…」という想いから 零戦を復元しようとすると「軍国主義の再来だ…」と言って真剣に反対する人や団体がいる。
その人達は同時に「零戦を復元する事により、零戦ブ-ムが流行ると、諸外国(特にアジア諸国)から日本の右傾化を憂慮され…」なんて事を口にする。
日本には「核兵器を所有していると思われても不思議でない(もしくは、所有しようと思ったら すぐにでも出来るだろう…と思われそうな)施設や技術や材料が揃っている」にも関わらず、零戦に神経を尖らす人達の大半は「諸外国(特にアジア諸国)から日本の核保有を憂慮され…」なんて思われると 騒ごうとする人は 今のところ見られない。
あくまでも個人的な意見だが 私は、原子力発電は限りなく止めて たとえ費用が多額に必要とされたとしても 風力や波力、太陽電池など 省資源、自然を応用した発電の研究を今、原油の資源があるうちに完成を目指し 奨励すべき…と考える。
それとは別に 文化財産として零戦を始め 民需・軍需に関わらず、過去の航空機の稼働レプリカを復元すべきと考える。
でも、そんな私を 右寄りと非難する人がいる。
本当に 面白く、かつ、不思議な話である。
ぶたねこさん、はじめて書き込みをさせてもらいます。takuさんのTBからやって来ました、ここ一ヶ月ほどセカチューの話題を中心に楽しく読ませていただいておりました。
私は航空機ファンです。この様な話を耳にする度に思うことですが、軍事技術と民間企業の最先端技術は同一であり区別できるような境界などないのに、日本では兵器の形をしたものはあまり歓迎されないようですね。
すでにご存知かも知れませんが、(ttp://www.warbirds.jp/ 直リンは避けたいので頭にhを付けて)に興味深い記事があります。(サイト内の軍用機の話題コーナー → 忘れられた老兵たち or 大空の名優達)
上記サイトに、『プレーンズ・オブ・フェイムで体験飛行が出来る。』との記事がありますが、ぶたねこさんもご覧になった零戦には、乗れないみたいですね。(単座の機体で体験飛行はありえない!。)
私も重度のAH病のようです。『あいくるしい』に関しても、『はるかさんが楽しく笑っている姿を見たい』と念じています。長文になりましたが最後に、『月光音楽団』もうご覧になりましたか?・・ とても強力な破壊力がありますので、未入手であれば早急に視聴されることをお勧めします。
>光太郎 さん
コメントありがとうございます。
実際に飛んでいる零戦は凄いです。
一緒に飛んでいるP-51なんかよりもはるかに 軽快で運動性能の
良さが一目瞭然でした。
もう一度、あの姿を見て 音が聞きたいと思っています。
御指摘のHP拝見しました。
同好の士が沢山いる事が判り感涙です^^
「月光音楽団」に関しましては 実は
「綾瀬はるか応援ブログ」の管理人Snowさん
より 画像ファイルを
頂戴し 落ち着いてじっくり見る時間が出来次第 見ようと
思っているところです。
噂によると これもかなり破壊力を秘めていると聞き、
大事に観たいと思っております^^;
今後も、どうか御気軽にコメント頂けますと嬉しいです
よろしく御願い申し上げます
ブタネコさん、おはようございます(^_^)。
光太郎さん、初めましてm(_ _)m。
国鉄職員の息子としては(爆)、国労の話は忸怩たる思いがありますが(かつて盛んだった国労、動労の極左運動に対する嫌悪感)、零戦に関しては決まり文句が出てしまい呆れます。
他でも、河口湖で展示されている零戦21型(52型は靖国へ寄贈)など、日本人の手によるレストアが細々ながら行われています。
(対外的に秘密(?)でレストアしている知人も居ます)
日本人パイロットが当時の服装で操縦する大戦機をゼヒ見てみたい。
私もそう思っています。
>単座の機体で体験飛行はありえない!
英国ダックスフォード(元空軍基地、現博物館)にあるP-51Dは、座席の後方に同乗者座席を設け有料で飛行体験出来るようになっており、知人が体験飛行していました。
(外観は崩していないので、かなり狭く視界も限定されるそう)
機体内部のオリジナル度は下がりますが、これはこれで貴重な単座ウォーバーズ体験を出来る、マニアにはたまらない機会でしょう。
P-51Dの場合は、他にもフライアブル機体が数機存在するので出来るのかも知れませんが・・
前線基地進出の為同乗する機付整備兵の格好で零戦の胴体に同乗出来たらな・・とか夢想しています(笑)。
(通常整備員は別便で進出しますが、このように単座機に同乗する例は内外共に、非常手段として良くある事のようです)
読み返したら誤解を招きそうな表現だったので訂正させて下さい(汗)。
>決まり文句が出てしまい呆れます。
・・は・・・
「軍国主義復活」の決まり文句がでたな!と呆れてしまいます。
・・という意味で書きました。
>ラヴァ さん
竜ヶ崎の デモフライト、ニュ-スでは 簡単にしかながれませんでしたけど
相当、沢山の人が見に来てました。
見るからに 子供や飛行機マニア^^;と判る人も多かったけど
目を惹かれたのは ご老人の実に多かったこと…
中には泣いてる人までいました。
この爺さん達は なんで泣いてたんでしょうねぇ?
天下の朝日新聞あたりなら
「平和の空に零戦? 軍国主義復活の危険を感じて涙を流す老人達」
なんて見出しをつけるのでありましょうか?^^;
零戦の最大の特徴は「運動性能の良さ」
それって、パイロットが こう飛びたいと思う動きへの反応の良さであり、
それは 言い換えれば より自由に飛べる飛行機…という意味でもある。
零式艦上戦闘機・・・以前に鹿屋の海上自衛隊資料館に展示してある機体に、乗ったことがあります。
感動したのと同時に、愛惜の情にかられて涙してしまった記憶があります。
零戦は男のロマンです。
やっぱり日本人の手で復元したいですね~。
攻撃偏重の機体は、思わず薩摩示現流の一撃必殺を重ねてしまいました。
こち亀で、両津さんが零戦に乗って飛んでる場面が昔ありましたよ。
たしか中川財閥所有だったと思いますが。
軍事用が民事用に変化した事柄につきましては、殺人光線が電子レンジなんていうのもありますね~。
インターネットこそまさにですよね~。
個人的には、九九艦爆も復元してほしいなぁ~。
やっぱ 零戦に99艦爆とくれば97艦攻でセットでしょ…
(マニアックな会話に ノッてみる^^;)
クラヒー!! ブタネコさん、おはようございます。ラヴァさん、お久しぶり!
「零戦が竜ヶ崎の空を飛んだ日」に私も両親と子供たちを連れて、飛行場におりました。子供の頃からの憧れだった零戦が実際に飛行するとあっては出かけないわけにはいきませんからね(笑)。私もブタネコさん同様、大勢の老若男女に混じって、飛行服姿だったり、軍艦旗のはためく下に集まっているお年寄りの一団が存在することに気がつきました。零戦の発動機が回った時、「ボン、パン、パパン」と音がして、漁船の焼玉エンジンのようなレトロで軽い爆音に私は感動しましたが、彼らは皆、涙を流してましたよ。きっと、元搭乗員か整備兵の皆さんだったのかも知れません。その姿を見て、私も目頭が熱くなりました・・・。
P-51とのデモフライト、確かに大出力のP-51とはまるで違う軽快な運動性能を見せ付けてくれましたね! オリジナルの発動機のため、出力は60%で飛行すると事前にアナウンスがありましたが、どうしてどうして、素晴らしい飛行を見せてくれました。P-51と並んで離陸して行った時、零戦が「あっ!」という間にフワリと浮き上がり、いきなり軽く機体をひねった時には周囲から歓声が上がりました。P-51は金属的なエンジン音を響かせ、はるか彼方まで滑走を続け、重そうに離陸。
一番印象的だったのは、零戦を追尾する形で我々観客の前を通過したP-51と水平方向での旋回を開始した時です。零戦はP-51よりはるかに小さい旋回半径で、これまた簡単にP-51の尻にポジションをつけました。実戦だったら、簡単に撃墜されたかも知れません。水平方向での格闘戦を挑めば、P-51には零戦に勝つ可能性は全くないでしょう。
先ごろ開館した大和ミュージアム(呉海事博物館)には琵琶湖に不時着水して水没、その後、京都嵐山、白浜に展示されていた零戦が修復されて展示されています。靖国神社遊就館にも素晴らしく綺麗な52型が展示されていますが、どちらもフライアブルな機体ではありません。日本ではきちんとした形で修復、展示されるだけでもありがたいと思わなければいけないのが実情ですね。
FORREST
おぉ… FORRESTさんもいらしたんですか^^
あの日の竜ヶ崎は 感動的でしたよねぇ…
そう、離着陸が 実にフワリとした感じで 気のせいか、
零戦が 実に楽しそうに飛んでいました。
同時にP-51がフライトしたのも 実に対照的でしたよね
アメリカらしく見るからに固そうで重そうで^^
ホント もう一度見たいなぁ…
クラヒー!! ブタネコさん、おはようございます。
確かに、あの日の竜ヶ崎飛行場は感動的でした。長い間行方知れずになっていた息子が故郷に戻って来た、という感じでしたね。暖かく迎える家族達の前で、元気な姿を見せるのだが、どうしても老いは隠せず、そこに流れた年月の長さを感じさせてしまう・・・。
フライアブルな零戦復元にかける方々のお話、興味深いです。ぜひ、実現してほしいものですね。
ところで、亡くなった蔵間関のお父上がアメリカでレストアされた零戦を自力飛行させて名古屋に里帰りさせるという壮大なプロジェクトを推進されていたのをご存知ですか? 志半ばで亡くなられ、その遺志を継いだ蔵間関も実現を見ることなく病没。彼の奥様が執念で継承しましたが、結局、資金不足で計画挫折となりました。彼らが里帰りにかけた機体はそのままアメリカに引き取られ、復元成功したそうです。かの歴史的怪作『パールハーバー』の特別試写会が空母甲板で行われた際、蔵間関の奥様も招待されたことから、私は『パールハーバー』撮影に出演した3機のフライアブル零戦のうち1機は「蔵間零戦」だったのだと推察しています。
FORREST
>FORREST さん
「蔵間零戦」の話は 義弟から聞いた事があります。
どうも 国内ではレストアに関しても バラバラな活動に
終始しているようで、その辺も思想的なことや、政治的なこと
などが絡んでいて 仕方無いとは言え、残念な事と思います。
私個人としては「零戦」に限らず 「96式陸攻」や「雷電」
「震電」「月光」「屠竜」「飛竜」「銀河」など、そして 出来る
事なら 今だからこそ「富嶽」を完成させてみて欲しい…なんて
思うばかりです。
密かに 真剣に考えようと思ってます^^;