今から10年以上前の 勘弁して下さい…と言いたくなるぐらいクソ暑い夏の日。
私は 高知県の高知駅に JRで降り立った。
その年の夏は異常気象で 日本国内、いろんなところで干ばつ状態となり、特に四国は早明浦ダムが干上がるなど 水不足が騒がれていた年だった。
私が 高地に至ったのに理由など無かった。
出張で九州に赴き、その仕事を終えた後、1週間ほど余暇があり、
「さて、来たついでに ぶらり旅をしよう…」
そう思って気の向くまま移動していたら 高知駅に着いた。
なによりも暑いのと 無性に腹が空いたのとで まずは、
「飯を食おう」
そう考えた。
駅前を ぐるっと見回し、小洒落ていない 昔ながらの駅前食堂みたいな店を見つけ まずは そこに飛び込んだ。
4人掛けのテ-ブルに 独りで座った私は 即座にメニュ-の中から 珍しい名前の料理を見つけて それを注文した。
旅先で 珍しい食べ物に出会うために いつも私は 見た事、聞いた事無い料理の名前を見つけると それを頼むのだ。
どんな料理が出てくるか… ワクワクしながら待っていたら、ちょうど お昼時だった事もあり、続々と客が入ってきて 私の座っていた席にも お揃いの制服姿の女の子が3人相席となった。
女の子との相席は とてもありがたい。
でも、その日は 旅の途中で汗まみれの私。
話しかけるのにも勇気が湧かない。
しかも、3人は仲良しグル-プの様で 私など眼中に無いかの如く会話に夢中。
そして 注文を取りに来た店員に
「冷やしたぬきうどん3つ それから 先に中ジョッキ3つ頂戴」
なに気に それを聞いていて「え?」と思った。
昼飯からビ-ルですか?!
その制服は ハ-トのマ-クの某銀行ですよね?
(【注】当時は…です。 今は合併して 違う名前です)
噂には聞いてたが、実際に目の当たりにすると 感動するね。
高知のオネェチャン、(それも 某大手都市銀行の…) 昼飯時に「麦茶」を飲む感覚で「麦酒」ですか…
上唇についた 白髭の様な泡を手で拭いながら
「プハ~ッ」
坂本龍馬先生… 高知の女性は豪快でした。
さて、
そんな女性達に囲まれながら よく判らない名前の(五目うどん?)料理を食べながら 店内の片隅に置かれたTVでロ-カルニュ-スを観ていたら なんとなく、歩いて 干上がった早明浦ダムを見に行きたくなった。
バックから 地図を取り出してみると おおよそ20kmほどの距離である 行って行けない距離では無い。
(ゴルフで1ラウンドプレイすると7~8km歩く。 最近でも 1日に2ラウンドプレイすることは よくある事なので それを考えれば 充分可能^^)
だから、私は そのまま真っ直ぐ、早明浦ダムまで歩いたのだが、出発時間が遅すぎて ダムに着いた時には もう陽は沈み… 辺りは暗くて景色どころじゃ無い。
ダムの側の土佐町で 町はずれにある神社の軒下を借りて野宿をしたが、さすがに干上がる程猛暑の夏は 夜中も猛暑なのである。 暑くて寝れ無い。
気づくと 私と似たように 見るからに無謀な旅をしております…という格好のオニィチャンが 独り、自転車を押しながら 神社の境内に入ってきて 私を見ると
「すいません、僕も 一緒(おそらく野宿)させて貰っていいですか?」
と言う。
最近は めっきりと減ってしまったが、1970年代の頃は ヒッチハイクとか、自転車での旅行が流行り その頃を知る物なら こういう事には慣れっ子なのだ。
私「君も旅行?」
青年「えぇ、四国内を自転車で…」
私も 旅好きで国内の いろんな所を巡っている。
聞けば 彼も自転車で いろんな所を巡っている。
どうせ暑くて寝れないから…と、互いに意気投合して語り合っているうちに 朝となり、
二人で共に 早明浦ダムを眺め行った。
見事にダムは 干上がっており、おそらくは通常 あるべき筈の水量の8割から9割近くが無かったのだと思う。
そうなるとね、ダムを作るために川を堰き止め その為に水没した町(村?)が地上に再び現れるのである。
その時の早明浦ダムが まさに、そうだった。
おそらく、水没している間に大きく景観は変わったのであろうけど 規模は大きくないけれど 人の住む集落で 人が住んでいたであろう家らしき建物や 道だったと思しき場所が現れていた。
アニメのルパン3世「カリオストロの城」だったと思うのだが、家宝の鍵を時計塔にセットすると水門が開き 水が流れ去った後に、水中に没していた古代都市が出現する… そんなシ-ンがあったと思うが、その時の 早明浦ダムは まさにそんな感じ、ただし 全く違うのは アニメではキラキラと輝く綺麗な世界だったけど 早明浦ダムに現れた物は泥や苔まみれで 御世辞にも綺麗とはいない代物である。
でもね、もし 私が その集落に住んでいた人間で ダム建設に従って その地から別の地に移り住んでいたとして、何年かぶりに 干ばつのおかげで 再び、その地を目の当たりにする事が出来た… そう言う風に考えれば、見ず知らずには 泥や苔まみれで 御世辞にも綺麗とはいない代物に映っても そういう人には 掛け替えのない景色なのであろうなぁ…と 思ったら感慨深い。
実際に、水を汲んだ手桶と花束を持った老人が 干上がった地を降りていくのが見えた。
遠く離れて 会話が出来る距離じゃ無かったから、実際に その老人とは話していない。
だから、あくまでも私と 一緒にいた自転車青年と二人での想像なのだが、きっと ダムで沈んでしまった墓地、おそらくは 別の場所にちゃんと移転してはいるのだろうけど、本来は そこにあった御先祖代々の墓地に花を手向けに行くんだろうなぁ… そう思った。
昔から 田舎と都会を比較する話題は尽きないが、私は基本的に そういう比較は好きでは無い。
元々、都会で生まれ育った者には 故郷…という概念が薄い。
毎年、お盆の時期になると 高速道路の大渋滞や JRや空港の混雑ぶりが話題になる。
「なんで こんな混むと判っている時期に移動しなくちゃならんかなぁ…」
故郷…という概念が薄い者には とうてい判らない感覚であろう。
私は 大学を卒業した後、僅かな期間だが、サラリ-マン生活を東京で過ごした事がある。
正直言って、私は 東京という場所は仕事をするのには便利で面白い場所だが、人として暮らしていく場所としての魅力は全く感じない。
北海道の出身だからかもしれないが 食べ物で美味しいと思った物は少なく、何をするにも「金」がつきまとう感覚が抜けきれず 落ち着けなかった。
だから、まとまった休みが取れる盆暮れやゴ-ルデンウィ-クは いつも北海道に帰省する事しか考えていなかった。
けどね、最近は 企業が休みをズラしたり 有休を調整したりする事に寛大になって緩和されつつあるけれど 私の当時は全国的に ある一定の決まった時期に集中していたから航空券を手配するだけでも もの凄い混雑でなかなか上手くいかず苦労したのだ。
ゆえに、羽田空港で キャンセル待ちで乗れるのを夢見て グッタリと待合い席に座る帰省を夢見る私と同年代の者達を横目で見ながら 出発ゲ-トに向かい、飛行機の機内に乗り込んでみると
「わざわざこの時期に行かなくてもいいだろ?」
と思うような観光の団体客が機内で テンション高く騒いでいるのに遭遇し 複雑な気持ちになったものだ。
盆の帰省から東京に戻り、再び会社生活が始まった時、同期入社の連中で関東周辺在住で実家から出社している連中は 真っ黒に日焼けしていた。
聞けば、「みんなで 新島に2泊3日で遊びに行ったの」と言う。
その上で「ブタネコ君は 夏休みどうしてたの?」と聞く。
私は「札幌に行ってたよ」と応えたら、
「え~? 札幌に行ってたの? いいなぁ、この時期の札幌 俺も旅行したいなぁ…」
俺は旅行で札幌に行ったんじゃ無い。 帰省してたんだ…。
なんか 無性に腹立たしく感じたのを覚えている。
同時に そういう感覚がズレた世界に埋まっていきたく無いなぁ…とも感じた。
今思えば 若さ故の卑屈な感覚だった様な気もする。
しかし、その頃の そんな感覚が いつしかトラウマの様になり、自由に旅が出来るような環境や時間を手に入れる事…というのが 私の中で目標となり 今日に至ったのだと思っているから それはそれで良かったのだと自分なりに納得している。
さてさて、話を戻すと…
干上がって 再び地上に現れた早明浦ダムに沈んだ集落を眺めていたら そんな若かりし頃の自分の想いが蘇った。
こういう感覚は 自分にとってとても有意義な事だと思っている。
なんとなく「歩いて早明浦ダムに行ってみよう」と思ったのは もしかしたら「初心に戻れ」と誰かが囁いたのかもしれない。
早朝の早明浦ダムで 自転車青年に別れを告げて、私は 一路東へ「大豊」という地を目指して歩いたわけだが、歩きながら地図を見ていて また、ハタと気づく
「あの ”攻めダルマ”こと 蔦監督の池田高校が近いじゃないか…」
(歩いて ほんの40km… 熱さで頭がヤラれてました^^;)
【池田町の話は『池田町(徳島県)』を参照して下さい】
結局、1週間の余暇のつもりが 10日以上、彷徨い歩くに至るのだが…、この時の旅は 私にとって忘れられない旅の一つとなった。
【注記(2005年8月21日)】
この記事は 以前、Wenfangさんが主催されて運営していた『Wenfangのささやき(* ̄∇ ̄*)』さん というブログの記事に触発されて書きました。
また、関連記事として
『ロ-ド88』
という記事も書きました^^;
現在、残念ながら『Wenfangのささやき(* ̄∇ ̄*)』さんは閉鎖されてしまいましたが、また、復活される事を願ってやみません。
また、今年も四国の一部では雨不足が生じ 再び 干上がった早明浦ダムの映像をニュースで見かけます。
しかし、私が観たときと違って 役場だった建物が建造物として確認できるぐらいで 他は、堆積した土砂で すっかり覆い尽くされている様子を見、そんなとこにも年月の経過を感じた次第です。
四国かぁ~、私は一回も上陸したことないです。
私も4年ほど東京に居ましたが、たまに遊びに行くには刺激があっていいかもしれないですが、住むにはちょっとな~って思います。
すっかり田舎仕様になってしまっていますヾ(´▽`;)ゝ
私もいつか、あっちこっち旅行できるように頑張ろう~。
GWは人も多いし、交通運賃も割高になるのでおとなしく鹿児島で温泉にでも浸かってます(・∀・)
>Wen さん
私も 今年のGWは墓参りです^^
それ以外は どこにも行かずのんびりと…ですね