2005年05月02日

●口入屋のS


喫茶「職安」の常連客の一人に Sという口入屋がいた。

「口入屋(くちいれや)」 現代風に言い換えると「人材派遣業」なのだと思う。




江戸時代の頃、今の様に「ハロ-ワ-ク」なる職業安定所なんか無い時代、人手を欲しがる現場と 働き口を探す人々との接点となる斡旋業を「口入屋」と呼んだそうな。


似たようなモノでは「女衒(ぜげん)」「手配師」なんてのもある。


「女衒」とは 口減らしのために貧農の家から娘を買い、吉原などの色街に売り飛ばす者の事を言い、「手配師」とは「口入屋」が屋号を持って店を構えていたのに対して 言わば個人経営の「口入屋」という感じ。


この「手配師」は 明治以降にも残り、今でも東京の山谷や 横浜の寿町、大阪の西成など 通称ドヤ街と呼ばれる場所に早朝行くと 公園の片隅や 幹線道路の片隅で


「解体工事 かたづけ 8時間で12000円 いないか?」


「土工 15(1万5千円) 鳶20(2万円) **町マンション工事

 行きたい奴いないか?」


等と声をかけて 人夫集めをしている手配師に お目にかかれる。 


さて、北海道・東北地域は その昔、秋の収穫期を終えて 春の種蒔きまでの間、いわゆる農閑期の 農家の人が その農閑期の間だけで本州に行き工事現場や工場で働き収入を得る…「出稼ぎ」が盛んだった。


大きな声では言えないが、その出稼ぎに行く先 働き口を 場所によっては農協が窓口となって斡旋していた場所もある。


さて、第二次大戦終了後 GHQの指導により日本国憲法が制定されるに伴って 民法や刑法など 大きく様変わりしたわけだが、その中のひとつ労働法(労働三法含む)において 労働者の派遣行為は その法律の中で規定された 極々限られた一部の職種(マネキン等)を除き その殆どが禁止条項となった。


基本的に「労働者の権利を守る」というタテマエによるものである。


しかし、現実には 収入の乏しい農家では 農閑期に出稼ぎに行く人は後を絶たず、一般的には それを「季節労働者」と呼び、本来は労基法違反なのだが、国全体で黙認していた様なモノである。


数年前に この法律は労働者派遣法として改正され 前に比べると 随分と緩やかに規制緩和されたが、それでも労働者派遣業法は許認可事業として 抜け道だらけのザル法と言わざるを得ない。


さてさて、話を本題に戻すが…


Sという口入屋は その当時、既に 今では一般化した「人材派遣会社」の社長という肩書きを名乗っていた。


このS氏は もっぱら、大手自動会社の工場に工場作業員を送り込む「手配師」だった。


ある自動車会社が Aという工場を持っており、その工場では 毎日朝九時から午後五時迄の八時間操業(昼食時一時間の休憩含む)で 1日100台の車を生産していたとする。


そこで生産される車が人気があり、月間で300台以上の受注があったとしたら、自動車会社は どうする? 簡単な話、工場を24時間操業にすればいい。


しかし、今から30年近く前 労働組合が全盛だったその頃、それをしようとしたら組合が賃金闘争で抵抗したし、何よりも 労基法じたいが「時間外労働」や「夜間就業」等に規制が多く、簡単に出来る事では無く、何よりも 工場を3交代制で操業するには 最低でも倍、出来れば3倍の人手が必要となる。


そして、そこで生産される車が人気があって売れているうちはいいが、やがて飽きが出たりモデルチェンジなどを考えると 人手が必要なのは一時的な事であって、せっかく人を集めても やがては解雇しなくてはならない時期が来る事も大いに予想がつくが、工場作業は 危険が多いし、責任の所在も明確にしなくてはいけない理由からバイトに任せられる作業は限定される…


そんな問題を 僅かな非合法的行為で解決したのが S氏の存在である。


つまり、S氏はA工場の下請け会社として Bという会社を名乗る。


A工場は 朝の9時から 夕方の6時迄 操業し、夕方の7時から 朝の8時迄を会社Bが そのまま工場を借り受けて「下請けとして」そのまま工場で車を作り続けるのである。


一般には 信じられない話かもしれないが、これ ホントの話。


S氏は 栃木や埼玉の日○ 愛知のト○タ 四○市のホ○ダ等、自動車工場の一角に 実態の無い、書類上だけの下請け会社を持っていて そこに北海道や東北から 工場作業員(構内作業員と呼んでた)を送り込んでいたのだ。


以前、『N専務の話』の中で 夜逃げの手伝いをする運送屋の話を述べたが…


S氏の下請け会社は 夜逃げする人にとっては ある意味、パラダイスみたいな会社だった。


工場の近所に S氏は作業員の宿舎用にと いくつものアパ-トを まるごと借り上げていたし、作業着などは 工場から(給料天引き後払い制ではあるが)指定されたモノを支給されたし、食事は工場の食堂で食べる事が出来たから 最低限の衣食住はまかなえたし、なによりも重要な事は 工場はS氏の下請け会社の作業員に対して雇用権限を有していなかったので S氏の会社から提出される書類が虚偽であっても 製品である「車」さえ問題なく製造してくれれば 何のチェックもしなかったのだ。

(嘘だと思う人も多いだろうけど これホントの話^^;)


だから、夜逃げした人間が その工場で働いている限り偽名で通す事が出来、住民票の移動等も必要無かったから 借金取りから姿を隠すには最高の環境となるわけで、「屯田兵の御隠居」「運送屋のN専務」「口入屋のS」の間には 3者間でギブアンドテイクの関係も成立したのである。


この様に述べていくと S氏というのが 非常に強欲な鬼の様な人物像を想像される方が多いだろう…


ところがね、実際のS氏は 実に涙もろい、情の深い人だった。


仕事柄、日本国内各地を巡る人で 本来は愛知と三重の県境のあたりが実家でホ-ムベ-スの人だったが、いつのまにか 札幌にいる時間が増えてしまった…と笑っていた。


で、国内各地を巡って札幌に戻ってくる時には 山の様な荷物でお土産を抱え、


「これ、下関で買った”ふぐの干物” どえりゃぁ美味かったんだて…

 みなで食べよ」


とか、


「博多名物”カラシレンコン”買うてきたで、食べてみょ~て」


と、奇妙な名古屋弁のイントネ-ションで喋り、陽気で豪快な人だった。


また、このS氏は 非常に高学歴であり、もの凄く雑学に通じた人だった。


思想的には 完全に「右翼」であったが、社会主義や共産主義というものを とても よく学んで知っている人であり、


「労働者の平等な社会を作る…ってのが 社会主義の理想だが、

 社会主義の現実は 労働者から搾取し続け、結果的に

 労働者を奴隷の様に扱う支配階級者にとっての楽園を作る思想なんだ。

 その現実を直視しもせずに 社会主義バンザイを唱える学者や

 組合活動者はアホ以外の何者でも無いわ」


が、口癖だった。


そして、我々バイト少年達に


「おミャ~さんらも 外国に行く金や暇が もし、出来たなら、

 まず国内を旅しないといかんがね。


 日本は狭いようで広いでぇ

 九州や四国や瀬戸内を 実際に行って 足で歩いて その目で見てみぃ…

 北海道には 竹林が無いわな?

 京都や滋賀に行って 竹林を歩いてみぃや

 林がサワサワ 独特の音で鳴きよるで

 これがまた 何とも言えん風情だがね…」


そんな風に いろんな土地の話をしてくれた。


後年になって 私も いろんなところを巡り歩いたが、S氏の言った


「実際に行って 足で歩いて その目で見れば

 俺が何を言いたいかは判るはず。」


と言う 


「口では巧く言い表せない感動や、感慨」


を 巡った先々で味わった。


「旅をして 初めて訪れた場所は 絶対に自分の足で歩け、

 そして 出来るだけ観光客が多くいる様な場所には行くな」


これが S氏から教わった旅の鉄則である。


私「今度 仕事で四国の徳島に行くんですが、

 その近辺で どこかお奨めありますか?」


何処かに行く時、S氏に そう問いかけると


「そっか…

 じゃ、***と***は 歩くといい。

 もし暇があるなら***まで足を延ばして

 ***という旅館の温泉が 最高だよ」


どの場所を聞いても 必ず、その様な回答を得た。


そして、その奨めてくれる場所は 本当に最高だったから 


「Sさんは ホントに よくいろんな所を巡ってんだなぁ…」


と、感心したモノである。




S氏について もう一つ感心した事がある。


それは S氏の人を見る目、見抜く目の正確さである。


話していると 相手が「嘘をついている」「隠し事をしている」そういうのが直感的に判るのである。


どんなに気さくに 笑顔で会話をしていても 話が終わって、その相手が立ち去ると 途端に不機嫌になって


「アイツは駄目だ 胸襟を開いて付き合える友にはなれない奴だ」


と怒った様に言うのを何度も聞いた事がある。


実際に S氏からそう言われた人物は その後、程なく 誰かと大喧嘩をしたり、実は とんでもない奴だったと判る事が殆どだった。


ある時、S氏に その「人を見抜くコツ」ってあるの?と聞いてみた。


するとS氏は


「そんなもの 簡単に説明できるものなら 俺は今頃、心理学の大先生だ」


と、笑われたが…


「ひとつ 面白い事を教えてやる。 


 オマエが突然、東京に行ったとする。


 オマエは これから電車や地下鉄を乗り継いで

 ある場所から別のある場所に

 出来るだけ早く移動しなくちゃいけないとする。


 でも、オマエは 都内の地理に暗く、

 当然、電車や地下鉄の路線図すら判らない。


 で、誰かに

 ”**から**まで 移動するにはどうすればいいですか?”

 って聞いたとしよう。

 聞く相手は、観光案内とか交番の警官じゃなく 見ず知らずの通行人とする。


 その時、相手が 即座に

 ”それは まず 地下鉄の**線で**駅に行き

  そこで **線に乗り換えて**の駅に行って…”

 と、簡単に しかも即座に答える人であれば尚更、

 その相手は”地方出身者である可能性が高い”と思え」


と 言われた事がある。


S氏に言わせると 元々、東京で育った人間の多くは 日頃、乗り慣れている路線図は頭に入っているけど それ以外は「駅に行けば路線図があるから それを見て…」として細かい乗り継ぎを知らない事が多い。


しかし、地方出身者は「何かの時のために…」と 通常、乗る必要のない路線の乗り継ぎまで暗記するかの如く覚えている事が多い…という 統計学的意見なのだそうだ。


そういう会話の端々に「あれ?」とか「おや?」と感じさせるモノがあり、S氏は 人一倍それに敏感だから 相手が「嘘をついている」「隠し事をしている」というのが直感的に判るのだという。


何故だか 自分でも判らないけど、このテクニックは是非身につけたい… 私は そう思ったが、現在に至っても いまだ、その神髄は理解出来ずにいる。


S氏は よく、N専務と共に「屯田兵の御隠居」を尋ねてくる人々と 御隠居が会話しているのを口を一切挟まずに黙って聞き、その客が帰った後に


「ありゃ駄目だ 近々、倒産だわ」


と言う事があった。


すると、数ヶ月も経たずに ホントにそうなったものである。


細木○子や 昔、「新宿の母」なんて呼ばれた占い師より よっぽど的中率は高かった。


ただし、いわゆる自称:占い師達と同じだったのは 他人の事は とやかく占えても 自分の運命を占う事は出来ない…という事。


それについては また別の機会に述べる事にする。




記述者:ブタネコ | 掲載日時:2005年05月02日 17:49 このエントリをlivedoorクリップに追加 このエントリーのlivedoorクリップ被リンク数 このエントリーを含むはてなブックマーク このエントリーのはてなブックマーク被リンク数
ブログ・ランキング

 気が向いたら…で結構です。^^;

 この記事への御駄賃がわりに、願わくば下のバナ-のいずれかを クリックしていただけると嬉しいです。^^

  (全部、クリックしてくれると もの凄く嬉しいのは事実です。^^)

BLOOGランキング ブログランキング・にほんブログ村へ Blog Ranking くつろぐランキング 人気映画・TVBLOG ブログ王ランキング BlogPeople「自分のこと」部門にクリック
コメント

Sさんって、子供頃とか相当な苦労されてませんか?かなりの辛酸を舐めてきたような方だと勝手に解釈し、お見受けしました。
人間的に深いかたですね。
人生生きていく内での、負の部分を多く体験してる方ほど、人の機敏な感情の変化、動作の曖昧さに敏感になるものです。
負の部分っていう、定義がすこし分かりづらいのですが、まぁなんというか・・・
悪の部分でもあるし、悲しみ苦しみでもあるし、地獄(修羅場)とでも申しましょうか?

やっぱりそういう人間って、何か過去にあるんじゃないかと思ってます。
セカチュウの朔ちゃんも、絶対に忘れられない哀しい過去があったからこそ、その後人の前では笑って優しくできたと思います。

今も元気なんでしょうかね~?
続編待ってますね!

コメント by Wen | コメント受信日時 : 2005年05月03日 23:25

>Wen さん

「Sさんって、子供頃とか相当な苦労されてませんか?かなりの辛酸を舐めてきたような方だと勝手に解釈し、お見受けしました。」


鋭いなぁ… ビックリしました^^;

近日中に 続編をUpします。

コメント by ブタネコ | コメント受信日時 : 2005年05月04日 01:07

 クラヒー!! ブタネコさん、こんばんわ~!! 本当に喫茶「職安」では、得がたい人生の師に巡りあわれてますね。まるで、映画や小説に登場するような海千山千の「一筋縄で行かない方々」ですが、それだけにその教訓は生々しい・・・。そんな先生方から直接色々見聞されたブタネコさんが羨ましく思えます。

 ところで、

>その工場では 毎日朝九時から午後五時迄の八時間操業(昼食時一時間の休憩含む)で1日100台の車を生産していたとする。

とあるのは「一ヶ月100台」の単純なミスタイプですね? 

FORREST

コメント by FORREST | コメント受信日時 : 2005年05月24日 19:08

>FORREST さん

「そんな先生方から直接色々見聞された」

そのおかげで ロクでもない大人になりました^^;

「1日100台」のところは 例え話のつもりだった
ので、あまり数を気にしてませんでした、スイマセン^^;

コメント by ブタネコ | コメント受信日時 : 2005年05月24日 22:28
コメントしてください




保存しますか?

(コメントにはHTMLタグを使わないで下さい プログラムがスパムと判断して受け付けない可能性があります。)