『「世界の中心で愛をさけぶ」墓参2』の続き^^
と題して記した記事に 光太郎さんと うごるあさんの お二人からコメントを頂戴した。
そのコメントに対して レスポンスを…と文章を纏めていたら 思いの外、長文になってしまったので あえて記事としてエントリ-する事を どうかお許し頂きたい。
今晩は、ブタネコさんご無沙汰しています。ブタネコさんとお友達のエピソードは「世界の中心で愛をさけぶ アナザーストーリー」のようでいつも楽しみにしています。なんとなくもう一つの物語をリアルタイムで見ているようです。
本当は、失礼になるかとも思いますがお許しください。
亜紀が谷田部先生に聞く『私、何のために死ぬんでしょうか…。』
谷田部『それは…残された人、一人一人が決めることなんじゃないかな。』月並みですが、「亡くなった人は残された人の中に生きいく。」のですね。
このような時だけあの世があると良いのにと思います。あの世があれば20数年後、久しぶりに親子で話し合っている二人の姿が見えるはずですから。
以上、光太郎 さんのコメント全文
世間では「奇跡のドラマ」と呼ばれるドラマが腐るほど存在し、単に視聴率が良かったという理由だけでこの枕詞を使われるドラマもたくさんあります。「感動」とか「奇跡」という言葉はこの
TV版「世界の中心で、愛をさけぶ」
に使われる言葉であって、他の凡百のドラマに使って良い言葉ではありません。
「感動」や「奇跡」という言葉を使われているドラマの中で、いったいどれだけのドラマが、友人達を一同に会し、亡き友の墓参りに行かせる事が出来るのでしょう。
TV版「セカチュー」ではスケちゃん、智世、ボウズの17年後は、恐らくその俳優探しの困難さから、高校生当時の彼らの俳優の声と姿だけで顔出しの演技というのは無かったですが、サクが骨をまけた後、ブタネコさん達と同じ様に絶対に幼馴染4人集まって、亜紀の事を想ったと思いますよ。
以上、うごるあさんのコメント全文
アナザ-スト-リ-ですか…^^;
そう言われると照れますね^^
でもね、本当に重なる部分が大なんですよ。
「あの世なんて無い」
という、亜紀の台詞がありますが、我が亡き友は 似た様な言葉として
「恨む相手がいるとすれば それは神様」って
ハッキリ言ったんです。
だから、もし あの世があって それが神が創った場所なのだとしたら、絶対に 彼女はそこで怒ってると思うのです。
僕らには「恨む相手がいるとすれば それは神様」って言葉は もの凄く 説得力のある言葉となって 今でも否定出来ず、忘れる事も出来ません。
亜紀父の台詞に
「何故 亜紀があんな目に遭わなきゃならない?」
というのがあります。
これは まったく同じ様に 亡き友の親父さんが言ったのを目の当たりにしました。
キリスト教的に考えれば
「神が与えたもうた試練…」
という事になるらしく…
「じゃ なんで彼女だけに そんな試練が?」と
もの凄く不公平を感じたわけで そんなのが神だというのなら 彼女が神を恨むのは当然…と 今でも強く思うし、そんな宗教なんかイラナイ…とも。
だから、TV版「世界の中心で愛をさけぶ」の中で 亜紀が言う
「あの世なんて無い、天国なんて無い」
という台詞は 鈍器で殴られたぐらいの衝撃を伴って説得力を感じたのです。
もしかしたら、私達同級生の宗教の理解が足りないせいで そう思うのかもしれませんが、少なくとも 亡き友の発病から他界までの経緯を知る者として 神だの宗教だのの教えには未だに説得力を感じた事はありません。
だからこそ、亜紀が宗教とは異質な アボリジニの世界観に救いを求めようとする姿にも説得力を感じるし、
「死ぬ事を否定出来なくなった時、死に方に夢を持つ事は 諦めるという事なの?」
と、サクに呟く台詞には 胸を突き刺す痛みと重みを感じます。
こういう言い方をすると お叱りを受けるかもしれないが、我が友が 発病した1970年代半ばの医学では「白血病=不治の病」であって 病名宣告は死亡宣告と同じでしたから、生きる可能性じたいが否定されてしまい、「死」というものを受け入れるしか無かったんです。
それに対して TV版「世界の中心で愛をさけぶ」の1980年代半ばは 抗ガン剤の進歩などで 完治は難しく 生存率も決して高くは無かったが、生の可能性も否定できなくなっていた。
これって 生への僅かな可能性を期待してしまう事が、亡き友よりも 亜紀の方が「もしかしたら…」という可能性がある分、苦悩や葛藤は大きく、希望が叶わなかった時の失望が 反動の様に大きくなってしまうんじゃないか?…なんて不謹慎ではありますが思う事があります。
結果的に それは17年後のサクが明希に語る台詞に繋がります。
「もし、あのまま病院にいたら…亜紀はもう1年は生き延びたかもしれない…
4年、5年生き延びれば 骨髄移植を受けられたかもしれない
そんな未来もあったかもしれない」
私が「世界の中心で愛をさけぶ」の原作を駄作同然と罵りながら、TV版を絶賛する理由のひとつが この部分にあると言えます。
原作では「白血病」=「悲しい不治の病」としてのアイテムにしかなっていない。
何故、「悲しい」のか? それは、患者もさることながら 周囲の人々の葛藤が「辛く悲しい」のだ…という事なわけで 原作は その周囲を おざなりにしているから そう思うのです。
「もしかしたら…」
そう考えてしまうから、その後のサクは苦悩するんです。
亡き友と我々の場合は 亡き友には申し訳無いけど その「もしかしたら…」という苦悩の部分に 薄情な言い方だけど 生への可能性が無かったぶん「白血病じゃどうしようも無いもねぇ…」と サクの時代よりも遥かに軽く少なかったかもしれません。
けれども、そんな私達ですら「もう少し~だったら…」と 随分、感じたり 考えたりしたのです。
であるがゆえに、原作のサクの描写には不快感、TV版のサクには説得力を感じるのです。
我が亡き友は 生への可能性が皆無と悟らざるを得ない時代だったから、逆に「死に方に夢」…という考えも薄く、むしろ、「苦しんで死ぬぐらいなら…」と 病名宣告を受けて間もなく 自ら命を絶つ患者が非常に多い時代でもあったので 我々は いつも密かに、その事だけは…と警戒していたのだけど… しかし、我が亡き友は強かった
「自分の寿命が いつ尽きるかなんて
普通は誰にも判らない事だけど、
余命宣告を受けたおかげで
寿命が いつ尽きるかを知れたから
その間に それなりにやりたい事が
出来て満足したわ…」
亡くなる少し前に そう言ったのだ。
本当に満足してたのか… 口先だけの言葉だったのか… 確かめる事も出来ないし真偽は定かでは無い。
けどね、ハッキリしているのは その一言のおかげで 私達はもとより、彼女の親父さんやオフクロさんが救われた…という事。
だからこそ、TV版だけにある 亜紀の自殺未遂というシ-ン それにも説得力を感じるし、死ぬ事を否定出来なくなった時 人は何かを悟るんだ…という事も理解出来る。
中・高生という多感な時期に ”生き様”とか”死生観”とか”宗教観”といったものを目の当たりにさせてもらうと 仲の良い友だっただけに その死から30年近く経った今日でも ハッキリと覚えているし、物事の考え方や捉え方に影響を受けた事は間違い無い。
TV版「世界の中心で愛をさけぶ」のラストにある スケちゃん、智世、ボウズの17年後の描写は 短い時間のカットだったけど 3人それぞれの”らしさ”が醸し出されていたと思う。
「心の中で生きていく」というのは なんかカッコ良いというか、気恥ずかしい表現だが、忘れてしまうのは絶対に無理だと思う。
ゆえに、
12秒91は 誰も知らない僕達の公式記録 僕が忘れると無くなってしまう 亜紀の最後の記録だった
という台詞と表現描写は巧い…と思う。
我が亡き友は運動選手じゃ無かったから記録なんてものは無い、けど、言葉の「記録」という部分を「記憶」と置き換えると ピッタリとハマるからだ。
亡き友は高校進学して間もなく発病、入院した。
だから、彼女の”高校での友人”は 我々しかいないのだ。
これは 言い方を変えると、高校生だった彼女を記憶しているのは 我々と 彼女の家族ぐらいのもので、今となっては
「我々が忘れると無くなってしまう 彼女の高校での記憶…」
という事になるんじゃなかろうか
だから、僅かな期間しかない亡き友の高校生だった時の記憶を有する我々は 時に彼女を思い出し懐かしんであげなくては 亡き友が生きていた証さえ無くなってしまう様な気がするのです。
昨日の墓参りの後に 実際に交わされた会話なんですが…
我々は亡き友が言った
「恨む相手がいるとすれば それは神様」って
言葉で すっかり宗教否定論者になってしまったわけだけど、もしかしたら キリストとか仏陀とかアラ-なんて神を否定する代わりに、亡き友が その代わりに我々の「神」になったじゃないか? そう思うんです。
変な例えだけど 今まで、辛い事や苦しい事があると ふと亡き友を思い出し、
「アイツ(亡き友)の辛さや苦しさに比べれば こんなもの…」
と乗り越え、
「アイツ(亡き友)のぶんも 人生、楽しませて貰わなきゃ…」
と考えた事が 何度もある。
いわば「亡き友」に 心を救われた事が何度もある…と言う事。
そういう存在こそが「神」なんじゃないか?って「易者の様な診断しか下さない2代目開業医」が言いました。
私は その説に 大きな3重の華丸の中に「たいへんよくできました」と書かれたスタンプを 彼のオデコに押してあげました。
『綾瀬はるかなる日々』のtakuさんから 華丸貰いました^^
http://diji-photo.aki.gs/cgi/img-box/img20050506161304.jpg
こうやって ふとした折りに思い出したり
こんな風に書きとめたり・・・
彼女の残された想いを紡いでいてくれるブタネコさんを
彼女は嬉しがってると思いますよ^^
>taku さん
華丸ありがとうございます。^^;
あまりにも嬉しいので 貼っちゃいました。
私は死後の魂の世界があればいいなとはおもっております。いや、そう想いたいです。
亡くなった彼女は、いつまでもブタネコさん達、友の中で生き続けているんですね~。
私も、亡き母をいつも心に抱いて毎日を過ごしております。
母が死んで教えられたこと、たくさんありました。私のその後に多大な影響を及ぼしています。
ふと思いだす、そんな事がいい供養にもなるのかなって思います。
死んでいった友を、いつまでも心に強く残している、そんな皆様に感動しました。
>Wen さん
>死後の魂の世界があればいいなとはおもっております
もしかしたら あるかもしれないし、無いかもしれない…
冷たい言い方かもしれませんが それは死んでからのお楽しみ
でいいんじゃないかな…なんて思います^^
今は とりあえず、生きているので 生きてる間に楽しめる事を
夢中になっていたい そう思っていたりします。^^;
何でも片山恭一氏が「セカチューが単なる序章でしかないような小説」を出すそうです。
http://www.shogakukan.co.jp/aio/
恐らくこれも小学館の編集部の売りコピーなんでしょうが
そもそも「世界の中心で、愛をさけぶ」のタイトルも小学館の編集部が売る為に付けたタイトルなんですよね。
私は元々「世界の中心で、愛をさけぶ」というタイトルには惹かれるどころかむしろ嫌悪感を感じるので、今回小学館がこういうコピーを出してきても全く読む気が致しません。
しかし原作者の片山恭一氏の次回作は全く興味が沸かないのに、森下佳子さんの次回作は物凄く興味が沸くのは何故でしょう(しかも瑠璃の島は期待以上だったし)
>うごるあ さん
ハーラン・エリスンのSF小説『世界の中心で愛を叫んだけもの』の
タイトルを小学館の編集者がパクった…とかいう話でしたよね?
私も 正直言って 不快感です。^^
「セカチューが単なる序章でしかないような小説」と言われても
「世界の中心で愛をさけぶ」の原作は駄作だと
思ってますから、
そんなキャッチでは 惹かれませんです^^;
映画やTVで肉付けされて 素晴らしい作品になった…と言う事を
忘れちゃってるんでしょうねぇ。
森下佳子さんの次回作は物凄く興味が沸く…それは 私も同様です^^
瑠璃の島は期待以上だったし… 全く同感です^^
今晩は、ブタネコさんおじゃまします。
私のコメントに、こんな丁寧な文章を返して頂いて恐縮しています。
亡くなった彼女の、「寿命が いつ尽きるかを知れたから その間に それなりにやりたい事が 出来て満足したわ…」
『満足したわ…』それがもし彼女の嘘だとすれば、皆よりも早く旅立つ彼女は、残していく人達の事を気遣ったのかも知れません。心の強い人だったんですね。こんなに強い人だから皆の心に今も生き続けているんですね。
『ソラノウタ』で亜紀が吹く笛と「がんばれ」を思い出しました。
>光太郎 さん
『満足したわ…』が本心なのか 嘘だったのかは 本当に判りません^^;
ただ、この一言が無ければ 我々の感慨はもっと別な物、もっと重苦しい
ものになったと思います。
いずれにしても 死を前に この台詞が言えたのは 無き友が強く
優しい人だった証だと思っています。
だからこそ 亡き友を手本に生きてきたつもりなんですが…
私は まだまだ その境地には到達できていません^^;
はじめまして。今回初めてコメントを送らせて頂きます。
先ず、普段ドラマを殆ど見ることの無い私がブタネコさんのBlogに導かれて「世界の中心で愛を叫ぶ」(TV版)に出会えたことを感謝します。
「有難うございました。」 m(__)m
その「世界の中心で愛を叫ぶ」(TV版)において主演女優を務めた”綾瀬はるか”さんを目にして感慨深いものがありました。実は私が初めて綾瀬はるかさんを目にしたのは草彅剛さん主演の「僕の生きる道」というドラマでした。劇中、彼女は草彅さん演じる高校教師の教え子の一人を演じていましたが、暗くなりがちな物語上、生命力を感じさせる彼女の存在が目を引き、気になっていました。
今回縁あって彼女の主演作に出会えて素晴らしい女優になっておられる姿にも喜びを覚えるとともに、「僕の生きる道」をきちんと全て観なおそうと決めたしだいであります。ブタネコさんも是非ご覧になってみては如何でしょう。
★ 茄子 さん
こちらこそ、はじめまして コメントありがとうございます。^^
しかも、私如きに もったいない御言葉ありがとうございました。
「僕の生きる道」は 記事を掲示すべきか否か迷って 書き上げながら いくつかの理由により掲示せずにおりましたが、今回 せっかくなので 一部を抜き出して掲示してみましたので御賞味頂けますと幸いです。^^
今後も どうか宜しく御願い申し上げます。^^