TV版「世界の中心で愛をさけぶ」第5話は 言うまでも無く、「夢島」の回であり、アキが おそらく、その生涯の中で最も幸せを感じていた時期であり、この回のラストで とうとう発病してしまう 全体の分岐点でもある。
「綾瀬はるか」フリ-クになってしまった今の私には この第5話を観る時、どうしても「綾瀬はるか」の水着姿に目が奪われてしまうのだが、この回も 無駄なシ-ンが無い…というか 全体の流れの中で いくつもの伏線やシンメトリ-の宝庫となっている回である。
さて、いろんな人と このTV版「世界の中心で愛をさけぶ」について語り合ってみると それぞれの人が それぞれなりの人生観や 物の見方によって いろんな感想・感慨を持っている事が判るのだが、この第5話の中で描かれる部分の受け取り方が 実は 人それぞれ大きく違う事が判り、興味深い。
例えば、クダラナイ例から挙げると…
ある時、私が「セカチュ-症候群」を重く患っていると伝え聞いた 取引先の小賢しい営業マンが
「いやぁ… ブタネコさんのために 苦労して手に入れたんですよぉ」
と、恩着せがましい台詞を吐きながら さも高級そうな箱(桐の箱)に入った
「高級・生姜湯の素」
と言う物を差し出した。
まぁ、簡単に言えば 湯飲みに入れて お湯を注げば「生姜湯」になる…という代物で 注意書きを見ると
「厳選した ~産の生姜を原料に 職人が秘技を尽くして粉末にした…」
と、さも「ありがたく頂戴しろ」と言いたげな解説が書いてある。
その営業マンに
「なんで これ、わざわざ取り寄せて 俺に?」
と、聞いたら
「だって、ブタネコさん セカチュ-の大ファンなんでしょ?
セカチュ-の中で ほら、夢島で 綾瀬はるかが
マグカップ持って”生姜湯 大好き”って言うじゃないですか?
ヒロインが大好きな生姜湯なんだもん ブタネコさんなら大好きでしょ?」

次の瞬間、久しぶりに私は 怒鳴っていた。
「フザケルナ!! このクソ馬鹿野郎!!
アキがな マグカップ持って「大好き…」って言ったのは
「生姜湯が大好き」って意味じゃ無ぇんだ!!
「生姜湯まで用意してくれてる 優しいサクが大好き」って意味なんだ!!
そんな大事な事を理解出来ないアホは 二度と俺の前に面を出すな!!」と。


このアキの涙が「泣きたいほど大好きな生姜湯なの…」って意味だと思っていたのだろうか?
だとしたら、全くもって とんでもない話である。
とは言え、その営業マンが ほうほうの体で退散した後、取り残された「生姜湯の素」に お湯を注いで飲みながら、
「大好き」
と、呟いていた私がいた事は言うまでもない。
(オバカです。 すいません^^;)
さて、この夢島で交わされたアキとサクの会話には いろんな意味で重要な事が描かれている。

まずは、無意識に「結婚したらこんな感じなのかな…」と言ってしまうサク

サクとの結婚を否定はしなかったが、アキは「絵本の編集者になりたい」という「将来への夢」を語る

その夢を聞き、カメラマンになってアキについて行く…とか ゴチャゴチャ言い出すサクを

なんとも言えない笑顔で見つめるアキ。
総じて このぐらいの年齢の時は 男は夢を見がちで、それに対して現実的な考えが強い女の子…という図式は 見ていて実に微笑ましい。
しかし、冷静に かつ、客観的に このシ-ンを眺めていると この時点では まだアキは自我が固い…というか 自己を優先に考えているのが判り、サクは 自己よりもアキの考えに左右される傾向が強い事が 巧く表現されている。
さて、この「夢」についての会話の後に 今度は「宗教観」に関する会話のシ-ンがある。

(アキ)「ねえ、あの世って信じる?」
(サク)「信じたいと思うけど アキは?」
(アキ)「信じられないな」
(サク)「なんで?」

(アキ)「それってやっぱり、
残された人達が作った世界の様な気がする。
存在して欲しいと願う世界っていうか…」
(サク)「亜紀は神だのみとかしなさそうだもんね」

(アキ)「でも、神様はいないと困るよ。」
(サク)「どういうこと?」
(アキ)「ラッキーとアンラッキーを
コントロールしないと…」
(サク)「なにそれ?」

(アキ)「すごく幸せだった人は
すごく不幸せになったりするじゃない?
どんな人生にもプラスマイナスゼロに
なるようになってる気がしない?」
(サク)「それを調節するのが神様ってこと?」
(アキ)「そう…」

(アキ)「サクちゃん、サクちゃん私ね…」

(アキ)「何してるの?」

(サク)「今、俺のプラス分、アキに回してもらったから…
俺、別にマイナスでもいいし、
アキのほうが叶えたい夢とか色々ありそうだし…」

(アキ)「好きよ、サクちゃん」
この一連のシ-ンを見ていると「プラスマイナスゼロ」の思考にのみ 注意を引かれガチだけど、そこを あえて私は
「”あの世”とは 遺された(生きている)人達が 存在して欲しいと願って作った世界」
という アキの考えの方に注目する。
何故ならば この「あの世(天国)に対する考え方」は この後の物語の展開の中で とても重要な伏線となっており、例えば 第10話で 谷田部先生とアキが最後に交わした会話に深く繋がり

(アキ)「私、何の為に死ぬんでしょうか?」

(谷田部)「それは… 遺された人の一人一人が決める事なんじゃないかな?
その生き様を見て… 廣瀬アキは どんな風に生きてきた?」
ここでも「遺された(生きている)人達」という表現が出てくるからである。
つまり、
「アキ自らの意思で決めれる物では無く、他者によって判断される事…」
という流れに 負けず嫌いのアキは 自分の事を他人に左右されるのが納得行かない…
それが、アボリジニの教えを受け入れ、ウルルに旅立つ決意となり…
遺される(生きていく)人達に遺したメッセ-ジ(カセットテ-プ)の中でも 特に両親に宛てた物の中の台詞にある
「白血病で死ぬことが 私の運命だったとしても…
そんなものに 私の17年を潰されたくない。」
という考えに帰結するんじゃないかと思うからだ。
「揉めるのが嫌で 家でも学校でも 嘘ばかりついてきた」
(第2話 アジサイの丘のシ-ンから引用)
そういう女の子が 初めて本音で親に逆らった瞬間が 人生の最後の時…と思うと また、私の涙腺は決壊する。
それを 自殺行為と言わずに

「反抗期です」
と医者に言わせる脚本も見事だからだ。
この「宗教観」の流れは 最終的に第10話の空港のシ-ンへと繋がっていくが それに関する愚見は 今回は辞めておき、あらためて10話を語る時に残しておこうと思う。
ただね、この5話の中で 最も、私の魂を揺さぶるのは これらのシ-ンでは無く、

(アキ)「未来の松本朔太郎へ
わたしね、判ったんだ。
幸せって凄く単純なことなんだよね
サクちゃんがいて…
私がいることなんだよね。
きっと、そういう毎日のことで…
だから、これからもずっと昨日のように
サクちゃんと
ずっと手をつないでいけたらと思うよ。
私がサクちゃんの手を引っ張って
サクちゃんが子供の手を引いて
そんな風に歩いていけたらと思う…」
という タイムポストのテ-プの台詞である。
この台詞からは ともすれば、「絵本の制作者になる」とか「あの世があるか否か」とか「プラスマイナスゼロ」なんて考えを超越した「サクと共に歩む事」こそが 自分の幸せだ…と 気づいた姿しか映らず、

話し終えた後の このアキの姿には 満足感すら漂っている様に映る。
これは、思うに

偶然、見る事が出来た 蛍の幻想的な光景に

あまりの幸福感に 逆に恐怖を感じて泣くアキを

サクが優しく包み、支える…
そんな流れで到達したアキの実感だったんじゃないかな…
だからこそ、夢島を離れる時に


サクから声をかけられるまで 廃屋を眺め続けたアキは 何を思っていたのだろう?
私には それが、おそらくアキが生まれ育った17年間の中で もっとも幸福に包まれた そんな至福な思い出の場所を 目に焼き付けておきたかったから… そんな風に思えてならない。
そして、私が勝手に そう思い込んで見てしまうせいか、この時のアキの後ろ姿には 何とも言えない切なさが漂っている様に見えて仕方が無いのである。
余談だが…、
昔、東映のヤクザ路線映画で 高倉健が「背中で泣いている 唐獅子牡丹」として 背中で観客を泣かせる演技を見せた。
私にとって 背中で泣かされたのは その「高倉健」と この「綾瀬はるか」だけだ…
と言ったら、世の「はるかちゃんファン」達から 「フザケルナ!!」と怒られるのかなぁ?…
それほど、私には このシ-ンの彼女の背中に 涙を誘われるのだが…
夢島。このドラマの演出法とか世界観とかが凝縮された回ですよね。
私がこのドラマの全般に渡る演出で凄いなぁと思うのが電話の音なんですが、今後亜紀の病状の悪化を知らせる電話の音が幻聴として初めて使われたのもこの一番幸せと感じた夢島からなんですよね。
しかもその電話の音は、亜紀が初めて自分の病気に不安を感じる、病院からの再検査の電話の音で、私の記憶に間違いなければ実際の廣瀬家の電話の音が鳴るのはこの亜紀が病院からの電話を受け取った時だけで、後は亜紀が幻聴で聞く音だけだったと思います。
これに気づかされた時はホトホト感心させられました。
それとブタネコさんが挙げられていた
「”あの世”とは 遺された(生きている)人達が 存在して欲しいと願って作った世界」
私はこのドラマの初見時はかなり斜めから観ていて
最初は単なる年末の暇つぶし程度の気持ちでしかなかった訳ですが
それを「あれ?どうやら普通のドラマじゃないな・・」
と思わせたのもこの死生観が登場してからでした。
二回目以降は1話~4話も普通のドラマじゃ無くなってたのは言うまでもありませんが。
追記、というか訂正
>「あれ?どうやら普通のドラマじゃないな・・」
と思わせたのもこの死生観が登場してからでした。
二回目以降は1話~4話も普通のドラマじゃ無くなってたのは言うまでもありませんが
何かこう書くとまるで1話~4話は全然感動しなかったみたいなので言い訳すると、そんな訳ありません。
1話~4話でも十分良いドラマだっていう感想は持っていて
特にマリア様抱っこの表情を観てしまっては
もう水着姿は普通には見れません。
ただ、1話~4話が本当に真価を発揮するのは二回目以降からで、まだ最期まで観てない初見時はまだ真価に気づかなかった、という事です。
真価っていう言葉のチョイス、当たってるかなぁ。
上手く表現できずにダラダラといつもすいません。
第5話、最初見た時・・・
幻想的な蛍の光景。
そして亜紀の肩に蛍が1匹舞い降ります。
蛍の生き様に、亜紀の人生を重ね合わせてしまって・・・もう涙腺決壊でした。
亜紀の「蛍ってさぁ、7日間しか地上にいないんだよ」の言葉に、亜紀は自分の体の異変が命に関わるという事を知らないまでも、もしそうだったら・・・という恐怖の想いがあったんでしょうね。
あの世は、残されし者の為だけに存在する・・・
ある意味、そうかもしれませんね。
でも、あの世という世界があって、いつもそこから誰かが見守ってくれているという想いは素敵だなって思いますね。
>サクから声をかけられるまで 廃屋を眺め続けたアキは 何を思っていたのだろう?
>私には それが、おそらくアキが生まれ育った17年間の中で もっとも幸福に包まれた そんな至福な思い出の場所を 目に焼き付けておきたかったから… そんな風に思えてならない。
亜紀が、「もうここには2度とこれないかも」と感じていたような気がします。
このシーン、すごく意味深に思えてきました。
★ うごるあ さん
最近、妙に宗教がかった内容のドラマや番組が鼻につく中
私も この台詞には「おぉ?」と思ったクチです。
★ Wenfang さん
「あの世があるか否か」は 死んでからのお楽しみ…って事で^^
生きている間に その答えが判っちゃったんじゃネタバレした
推理小説を読むようでつまらないですよ^^
★ 海 さん
他にもいくつかあるんですが、山田孝之と綾瀬はるかの演技、
それに演出、編集画像の構成… それらによって う~んと
良い方に唸る場面が多い この作品が大好きです^^