今回の第8話の物語は 表面上穏やかで、あらためて深読みする…という部分より、今後への布石と転回を図った回の様に思った方が良いのだろうなぁ…と、私は思った。
なので、ちと 今までは触れていない事について述べてみようと思う。
と言うのは、今回 とうとう「タラの大地」という言葉が登場したからで、これは「風と共に去りぬ」における重要なキーワード。
と言うわけで 今回、私が触れてみたいのは「白夜行」と「風と共にさりぬ」の関連についてである。
「白夜行」の原作でも「風と共に去りぬ」は登場する。
しかし、それは少年期の雪穂と亮司が図書館で会っていた事を誘導する為の小道具…的存在としてだったのだが、TV版ではメインとなるBGMを わざわざ映画「風と共に去りぬ」のサントラにある「タラのテーマ」に雰囲気を似せて作り、物語の中にも頻繁に スカーレット、レットバトラーと名前も登場する。
原作では実にアッサリした扱われ方だった「風と共に去りぬ」を TV版では非常に重要なファクターとして用いた森下流の手法は理解出来無い事は無かったし、面白い試みでもあるとは思ったのだが、第1話の時点では その流れに正直言って、私には戸惑いの方が強かった…というのが個人的な 今だから言える感想だった。
と言うのは この「白夜行」の様に まず、原作があって、それを映像化したと言いながらも原作のストーリーをそのまま踏襲している訳では無い TV版のストーリーという構成では 原作とTV版のストーリーのズレに戸惑う視聴者がいて当たり前。
その上、TV版は ところどころ急ぎ過ぎているのか、端折っているのか 原作を読んだ者にはスンナリと受け止められるシーンであっても 原作を読まず、TV版のみを見ている人には 時々、「このシーンって どういう意味?」と理解出来にくい場面が少なくない。
たとえば、7話終了後の時点でさえ
「松浦は いったい どうなったんですか?」
とか、
「雪穂が爽命酒に薬を入れて味見をしていた理由は?」
なんて事を 私ごときに聞いてくる人がいる。
松浦は亮司に刺されて死んだの、松浦の死体の上にパスポートを載せたのは 松浦の死体と一緒に始末して、松浦が海外へ逃亡している可能性を残し 行方不明にしてしまう為…
最初は「そんな事も理解出来ないのか?」と そういう質問を寄せられるたびに苦笑したのだが、よく考えれば それは私が原作を読んでいるから補完された事で、原作を読んでいない人には判り難いことなのだなと気付いた。
だって、雪穂が爽命酒に睡眠薬を入れたのは 養母を眠らせ、その間に松浦を殺しに行こうとしてたから… 結果的には、雪穂は松浦を殺してはいないけど 養母が寝ている間に庭を掘り、何かをそこに埋めた…のを想像させるシーンを見れば その「何か」が何か判ってもいいでしょう?… とも思ったが、養母が「薬の入った」爽命酒を飲んだシーンが映像には無い(その前に爽命酒を常用して飲んでいるシーンはあったけど)から そこまで気づけるわけ無いだろう…と開き直る視聴者もいるだろう。
つまり、原作のあるストーリーを映像化する際 原作に忠実に行うかオリジナルをアレンジするか…という このところ良くあるパターンのドラマ化において オリジナルを持ち込む場合は 原作とズレればズレただけ原作愛好者には違和感が生じるのは当たり前の事で それをどう納得させるかは映像制作者の腕と考え方と姿勢による。
私が石○というプロデューサーを好きになれないのは そのズレが生じるのを判った上で、当初 TV版「世界の中心で愛をさけぶ」を番宣に利用した姿勢にある。
「白夜行」の物語が 既に読者に認知され、高い評価を受けている構成と ドラマ版のオリジナル的構成が如何にズレようとも「ほぉ、なるほどな」と思わせてくれれば良いわけであって それは単純にストーリー構成だけで勝負すれば良い話。
私は自ら「セカチュー症候群」を自認する セカチュー・ヲタである。^^;
しかし、私は「へそまがり」でもある。^^
「え? また、あの”朔と亜紀”が見れるの?」
なんて単純にヒャッホイと喜び、石○の手に乗っかる手合いとは違う。
”朔と亜紀”を引っ張り出す以上は それなりの覚悟を見せるんだろうな? > 石○
と、逆に気合いが入る奴なのだ。
ゆえに、正直なところを言えば「原作とは違う 僕達の”白夜行”を見て下さい」と言うのならば 原作を読んでないと補完できない物語では
「言ってることとやってる事が違うだろ?」
と、ツッコミたくなるわけで 従って現時点でも石○に対しては 不愉快極まりない俗物としか認識していないし、オフィス・クレッシェンドの堤幸彦の弟子にあたる演出家の面々に対しても 駄作だった原作の補完など全く必要としない別物の素晴らしいTV版「世界の中心で愛をさけぶ」を創り上げた堤幸彦という師匠の域には まだまだ達していないと言わざるを得ない。
こういう風に述べると TV版「白夜行」を真っ向から私が否定している様に聞こえるかもしれないが、それは違う。
実を言うと 原作の「白夜行」より、TV版の「白夜行」の方が面白いと感じている部分が かなり有る。
にも関わらず、双手を挙げて「素晴らしい」と言い切れないのは 「え?」と疑問に感じている部分があるからだ。
もちろん、まだ第8話が放映された時点で 残り3話を全て見終わってからじゃないと どうなるか判らないし、この調子で行ってくれれば 予想以上に面白かった作品と言えそうな期待も大きい。
と言うわけで、前置きが長くなってしまったけど…
まず、先に問うてみたいのは 今、「白夜行」を毎週楽しみに見ています…という人達の いったいどれだけの人が「風と共に去りぬ」を知っているのだろう?という事だ。
原作が出版されたのは 1936年、映画化されたのは1939年で スカーレットをビビアン・リーでレット・バトラーにはクラーク・ゲーブルが扮した。
そう、今から60年以上も前の話でありながら 未だに、アメリカ映画の最高傑作と言われながら、現代の最新の技術を駆使してもリメイクできない…と評される作品で 多くの人が原作・映画それぞれを素晴らしい作品だと高く評してもいる。
この作品は「宝塚」でも舞台化され 「宝塚」大好きの我が嫁の影響で何度もDVDを見せられた者でもあるが… 私は正直言って この作品は好きでは無い。^^;
主人公であるスカーレットに感情移入出来ないどころか、吐き気がする程 嫌な女だと思えてならないから…というのが最大の理由。
しかし、何故 それほどまでに「嫌な女」と私が思ったかは「風と共に去りぬ」を知らない人には どんなに説明しても判って貰えないと思う。
で、私の年代から上の世代では わりとクラシックな作品が流行った時期があって 映画好きの人は 大抵が目を通している作品なのだが、30代以下の人で これをちゃんと映画で見るなり、文庫を読んだ人は 実はそんなに多くない…という話を耳にした事がある。
ゆえに、雪穂怖ぇ~とか 亮司せつない~と 呑気に語りながら、でも「白夜行を毎週楽しみに見ています」という人の どれだけが「風と共に去りぬ」を読んだのだろう? という疑問が生じる。^^;
だってね、「俺はバトラー船長になろうと思うんだ」とか「スカーレットは天国に行けたんでしょうか?」という台詞を 「風と共に去りぬ」を知らない人に理解出来る筈が無い。
ただの台詞としてのみ聞き流しているに過ぎないのだが、にも関わらずTV版「白夜行」を熱く語れる…というのは 考えてみれば実に怖れ多い話なのである。
第8話の中で スカーレットの末裔がBBSで述べた
「私は離婚しました」
「これでやっと かけがえのない人と手を繋いで歩く事が出来ます」
「もう二度と失わない やっと手に入れた私の故郷・原点」
「這い蹲ってでも守るべきタラの大地」
「風と共に去りぬ」を知らない人が判るんでしょうか? この「タラの大地」という意味が。
なので ブタネコ流の解釈による「あらすじ」を語ると…
1861年、アメリカ国内では南部と北部の対立が深まり、南北戦争に突入しようとしていた時期、ジョージア州タラの大地主ウィルクス家の御曹司アシュレーと、彼の従姉妹メラニーが婚約する事になった。
同じくタラの大地主オハラ家に、長女のスカーレット(ビビアン・リー)がおり、スカーレットは、幼なじみのアシュレーこそ自分の結婚相手だと信じていただけに その婚約に納得がいかず、アシュレーと相思相愛でいると思い込んでいたスカーレットは、彼に自分こそ結婚相手にと告げるのだが、アシュレーはスカーレットに惹かれているのは認めつつも、結婚相手には穏やかで優しいメラニーを選ぶ。
思いがけない失恋に、逆上したスカーレットの前に、レット・バトラー船長(クラーク・ゲーブル)が現れ、バトラーの無礼な態度に 余計にプライドを傷つけられたスカーレットは、パーティの最中に南北戦争開戦の報せが飛び込み、メラニーの兄、チャールズは、勇んで兵隊に志願する事を決め、ついでの様にスカーレットにプロポーズし、スカーレットも、失恋の腹いせから それを受けて二人は結婚する。
ところが、結婚と同時に出征したチャ-ルズは 呆気なく戦地で病死し、未亡人暮らしに飽きたスカーレットは、アトランタのメラニーを訪ね そこで出かけた南軍の募金パーティーで、バトラーと再会し 悠々自適に暮らすバトラーにプロポーズされる。
しかし、北軍がアトランタまで攻め寄り、スカーレットはメラニー母子と共にバトラーとタラへと逃げようとするが、その途中に南軍の惨状を見たバトラーは突然「兵士になって戦う」と言い出し戦場に行ってしまい、ようやくタラに辿り着いてみたら、スカーレットの母は病死、父は気が狂っており、財産の殆どを失っていた。
そんな飢餓状態の中で 襲い来る北軍兵と自ら戦いながら スカーレットは「人殺しをしても二度と飢えたりしない」と鬼畜への道を歩む決意をする。
やがて、南北戦争は南軍の敗北で終結し 南部の民は北部の圧制下におかれて 生活はより一層苦しくなる中、スカーレットの心の支えは アシュレーの復員だったけど、そのアシュレーもまた財産を失っていた。
なので、スカーレットはタラの屋敷と土地を守るため、バトラーに擦り寄ったが断られ、途方に暮れた結果、自分の妹の婚約者フランクが、商売に成功していると知り、言葉巧みに近づいて、フランクを妹から奪って結婚、アシュレーを相棒にして、北部の人間相手に悪辣な取引を成功させて財産を築く。
しかし、そんなスカーレットを苦々しく思った北部人にスカーレットは襲われ、仕返しに行ったフランクが返り討ちにあって死んでしまった事により 良心の呵責に苦しむスカーレットを救ったのはバトラーで、二人は結婚してアトランタに豪邸を築きボニーという娘を授かって幸せに包まれる。
ところが、そんな時 スカーレットの前に再びアシュレーが現れ、幼き日の恋慕が甦ったスカーレットはアシュレーへの想いが盛り上がり 嫉妬にかられたバトラーはスカーレットとの離婚を決意して ボニーを連れてロンドンへと行ってしまうのだが、母親を恋しがる娘を不憫に思い 再び、アトランタに戻るのだが、結局 スカーレットと喧嘩になり 階段から落ちたスカーレットは流産し、ボニーは落馬して死んでしまい、メラニーも病没する。
そんな騒動を経て スカーレットは 自分が最も愛すべき相手はバトラーだったと気付くのだが バトラーにはスカーレットに対して愛の欠片も無くしており、スカーレットの懇願を振り切って独り、故郷のチャールストンへと去り、スカーレットは有名な台詞「明日は明日の風が吹く」と呟いて 脳天気な笑顔を見せる…
さて、上記の様な物語が「風と共に去りぬ」だとして…
TV版「白夜行」を見て その中での「風と共に去りぬ」の扱いを見て まず思ったのは
「小学生で”風と共に去りぬ”は かなり難解なんじゃないか?」
であり、そういう疑問を抱いた状態で見た
「何、読んでる?」
「風と共に去りぬ…です」
「どない思う? スカーレット
オジサンなんかは、そういう女の人は ちぃと苦手やな…」
このシーンの 位置づけが変わるのを御理解頂けると思う。
しかも、その上で
「憧れます。 強くて、逞しくて、どんな状況でも絶対に諦めない。」
というシーンは 判るんだけど、理解し難いシーンに映るのである。
「おいおい、雪穂ちゃん^^;
スカーレットは確かに強くて逞しいけど、ズル賢くて
勝手気ままな女でもあるのだよ?
それを そんなにキッパリ”憧れる”の?」と。
だから、第1話で 子役の演技が素晴らしいと思いつつも、第1話の物語に「感動して泣けました」と語る方々のコメントに「うん、俺も」と 私は同調出来ずにいたわけだし…
第3話のラストで
「雪穂へ
俺ね、夢が見つかったよ 笑われるかもしれないけど、
俺、レッド・バトラーみたいに生きてみようと思う」
「知恵を使って 世間を出し抜いて 金を儲けて
その金でアナタを思いっきり甘やかしたい」
「たとえば、レッドがスカーレットにしたように
逃げ延びるための馬車をあげたい
悪趣味なほど大きな宝石をあげたい」
「そして、いつかは安らかな夜と心浮き立つ朝をあげたい
不公平なあの人があなたにくれなかったものを
なんもかんもあげたい それが俺の夢」
「実は この話にはオマケがあってさ
俺、小さい頃 海賊になりたかったんだよ」
「バトラー船長は海賊みたいなもんだから
幼い頃の夢を追えるなんて なかなか素敵な人生だと思わない?」
「夢を叶える為に死ねるなんて」
「とてもとても幸せな事だ思わないか?」
というモノローグの部分にも「あれれ…」って気分があったのだ。
だって、最後にバトラーは スカーレットへの愛を失ってチャールストンへと去っていくんだもん^^;
私が 1話から3話までの感想で
「面白いとは思っている、けど、何かが引っ掛かって、
何からどう言えばいいのかすら判らない…」
という状態が 続いたのは、私が「白夜行」の原作だけでは無く、「風と共に去りぬ」の原作まで読んじゃっているからなのだ。^^;
だから、TV版だけを見ている人とは 言葉にすれば同じであっても、意味は違う「面白かった」であり、「違和感を抱く」という感想なのである。^^;
ところがね、原作ヲタは「原作と違う」と文句を言い、山田ヲタは 山田ヒャッホイを連呼し、綾瀬ヲタは綾瀬ヒャッホイ、セカチュウー・ヲタは… こんなスタンスの違う人々が論戦を繰り広げるのはいいけれど、例えば、山田ヲタが「亮司の表情には優しさと哀しさが入り混じった憂いが漂い、バトラー船長を見事に演じていると思われ…」って言ってるのを聞いても その人の文章から「アンタ、本当に”風と共に去りぬ”読んだの?」と疑問に思う事しばし^^ 綾瀬ヲタも同様で「はるかちゃんのスカーレット最高!!」ってヒャッホイするのは良いけれど「本当のスカーレットを映画や本を見て、知った上で言ってんの?」と思う事しばし…だと まったく、何をか言わんや…って気分になる^^
で、TV版の「白夜行」と「風と共に去りぬ」を見比べた時、
スカーレット=雪穂
バトラー=亮司
だとすると
アシュレー=篠塚
フランクもしくはチャールズ=高宮
メラニー=江利子
って感じになるのかな?
であれば 納得いく部分もありつつ、「何か違うんじゃない?」と思う部分も大。
なんとなく、私には 篠塚=バトラーって匂いがプンプンして仕方が無い。^^;
森下佳子は「白夜行」の改良を行いつつ、「風と共に去りぬ」の改良にも挑戦してたのか?とすら思える 新解釈なのである。^^
だから、ふざけた言い方をすると「白夜行」の雪穂のキャラ設定の様な女性が「風と共に去りぬ」のスカーレットのキャラ設定であったならば おそらく私は そんな森下版「風と共に去りぬ」で 心ゆくまま滂沱の涙を流して堪能できる様な気がする。(本気だよ^^)
それと、「風と共に去りぬ」の名場面の中の 名台詞のひとつに
「アシュレー、あなたは本当にメラニーを愛してたのね」
というのがある。
そう、これをTV版「白夜行」に当て嵌めると 江利子(メラニー)が襲われた事に復讐するかの如き篠塚(アシュリー)に 雪穂(スカーレット)が言う台詞としてはピッタリだった。^^
と言うわけで 高宮を使い切って「タラの大地」を手に入れた雪穂は どうなって行くのでしょう?… は、来週のココロだ^^ by 小沢昭一
あ、そうそう…
TV版のラストに 図書館のHPのBBSが「ソラノウタ」になる…って考察を 南東北のブログで目にして「ほぅ…」と思ったんだけど…
ふと、思ったんだけど 1話で雪穂が骨壺に入れた財布…
その中から 亮司の遺書の様な 雪穂への手紙が出てくる…ってのは どうだろ?
ただし、その財布の存在を なぜ亮司が知ってるのか?が問題だが^^;
なんとなく、第8話を見て 私は10話で亮司は死ぬか 植物人間になるような気がしたんだよねぇ…
それは「風と共に去りぬ」から抱いた妄想なのだけど、スカーレットは 最後、財産は持っているけど 愛とか夢とか希望… そんなモノを全て無くすんだよね。^^;
だとすると ラストの11話は スカーレットにおける「明日は明日の風が吹く…」って帰結に至るストーリーになる可能性が大なのかな…なんて で、非常に興味深いのは 原作における「明日は明日の風が吹く…」って台詞の部分は 直訳すると「まぁ、いっか…」って言葉なのだ。^^;
そう、セカチュウー症候群の方なら もう、涙ぐんでるよね?
廣瀬亜紀の 口癖「まぁ、いっか…」と同じなのだ。^^;
それと… 前回の7話と 今回の8話の「綾瀬はるか」の声がハスキーだった件について… 何処かで聞いた事のある声だなぁ…と 思っていたのだが、つい、さっき気がついた。
それは 私が「綾瀬はるか」とは別に好意を抱いていた「内田有紀」の声とソックリだったのだ。^^
だから、何だと言われれば それまでではあるけれど…
私にとっては ヒャッホイ だったという事だ。^^
ヒャッホイ♪ブタネコさんこんにちは
昨日はおひなまつりでしたが、お嬢様のためなにかやりましたか?行事ごときちんとやるブタネコさまのイメージから想像するに、ハマグリのお吸い物から~etc
ところで、8話解説読ませていただきました。
風と共には、昔、金曜ロードショーで見たような、ロードショウの始まりの音楽好きなんです。マニャックでしょうかw
見たのは、小学生の時ですが、はっきりいって覚えてるのは、スカーレット役の方の
ギュッとしまったウエスト56ぐらい?
すごーい細いっていうのと、ドレスきれいだなあ~ぐらいでした。今見れば、内容は分かりますが。
だから、ブタネコさまの言うように、ちび雪穂が理解していたかどうかは、難しいところですね。まあ自分の小学生のときと比べたらいけないんですが。
白夜行のドラマみると、確かに関連グッツは購入して見てしまいますね。商売成り立ってるなぁ~と感心することしばし・・・
私も、骨壷に財布を入れたのが、とても気にかかるところです。お父さん守ってねぇって!
あと、もうひとつ、気になることがあるんですがまっいいかぁ~笑われそうだし
9話見解楽しみにしております。
話変わりますが、ポカリの新コマーシャルとてもいいデスね。はじける笑顔と、歌が、マッチしていて、今日のエンタの神様で流れるようですからまたはるかちゃんの、違った一面が見れそうです。今年の夏も企画あるといいですね。
★ エメラルド さん
>昨日はおひなまつりでしたが、お嬢様のためなにかやりましたか?
女の祭りに オヤジが口を挟むな…と嫁に言われて 今のソファでフテくされてました(ToT)
>あと、もうひとつ、気になることがあるんですがまっいいかぁ~
へぇ、なんでしょう? コッソリ伺いたいですね^^
もしかして指輪かな?…
>ポカリ
ほぅ、じゃ 楽しみに見てみます^^
ブタネコさん、こんにちは!
今日は初コメントさせてもらいます(緊張する~!)
8話のブタネコさんの考察を読んで、私はドラマ「白夜行」をぜんぜんわかってないのかなって思いました。
私は「風と共に去りぬ」を知りません。これを知っているのと知らないのとでは、ドラマの見方が全然違うんだなって思いました。
「白夜行」の原作を知るよりも「風と共に去りぬ」の原作を知っている事の方が、このドラマを見るには重要なのかなって。
さっそくDVD借りてきて観てみます。(って本を読めってブタネコさんに怒られるかな)
でもここまで深くドラマを見ている人ってなかなかいないと思います。(私が浅く見過ぎなのかな。なんせ「今の亮司かっこいい!」とか思って見てますので)
★ 朔&亜紀大好き さん
コメントありがとうございます。^^
私が申し上げたかったのは
・TV版「白夜行」だけを見ている人
・既に「白夜行」の原作を読んでる人
・さらに「風と共に去りぬ」も読んでいる人
・その上で「歎異抄」も知ってる人
これだけで 4つの視点があり、さらに
・山田ヒャッホイ
・綾瀬ヒャッホイ
・セカチュー・ヒャッホイ
という視点が少なくても存在するという事で、視点が変われば考察や感想だって変わる…という事のみです。
どれが偉いとか正しいとか言うつもりはありません。^^
ただ、言える事は 全部の本を読んでないと ちゃんと理解出来ないドラマなのだとしたら それは「前もって ちゃんと言っておけ>T○S」と 視聴者は怒るべきでしょうね^^
逆にTV版「白夜行」って本当に面白い…と思われてるのであれば 上記の本を何故読もうとしないのかな?とも 思います。^^;
けっして 読んでようが、読む気が無かろうが、それは私の知った事では無いので 間違っても怒ったりしませんよ^^;
ただ、けっして「山田ヒャッホイ」「綾瀬ヒャッホイ」という楽しみ方を批判しようとは思ってませんが、そういう傾向の方々は 他の視点での見方を全く考えずに 自分だけの視点で「白夜行は~だ」とか「はるかちゃんヒャッホイ」「山田君ヒャッホイ」と語り ちょっとでも自分の視点に批判的な感想を耳にすると 途端に耳を塞ぐか、「判らない人に説明しても仕方が無い」みたいな事を言う傾向が強いので「判ろうとしていないのは君達もじゃないか?」と 言いたくなる時はありますね。(本音^^; 但し、朔&亜紀大好き さんに対して言いたいのではなく、一般論です)
「風と共に去りぬ」のバトラーを知った上で 今のTV版白夜行の亮司を見てると「オマエのどこがバトラーだよ」って思うんです。^^;
だから、読まない方がいいかもしれません。^^;
でも、残り3話で 森下流解釈が、そのギャップをどう埋めるのか? それが物凄く楽しみで仕方が無い… 読んだ者には そういう楽しみ方が味わえます。^^
おそらくラストの雪穂は スカーレットのラストの雰囲気みたいになるのかなぁ?…とかね。^^
当然、そういう違う見方だと「8話ツマンネ」という感想や「8話面白ぇ~」という感想の違いの根底にも生じますよね。
それと、「風と共に去りぬ」ですが 本は文庫で5巻 映画だと約5時間(だったかな?)なので 好きじゃない人には辛いです。
(私は嫌いなんで 二度と見ようとは思ってません^^;)
>でもここまで深くドラマを見ている人ってなかなかいないと思います。
だって、ヒマなんだもん。^^;
8話で風と共にさりぬについて書こうかと思っていた所でした。
スカーレット、レッドバトラーで勝手に話が進んでいくもんで、知らない私にはさっぱり意味不明(´Д⊂グスン
DVD-BOXも早や宣伝に入ってるし、なにやら勇み足で、製作側だけ気合満々で、独り歩きしてやしないか?といった少々不快な気持ちになっておりまする。
風と共に去りぬを読んでから、また白夜行1話から順を追って見れば、また違う感覚で見れるのかなと思っています。
今回の簡易ストーリーで大まかな補完は出来ました。
アリガト!(´▽`)
★ Wen さん
>8話で風と共にさりぬについて書こうかと思っていた所でした。
書けよ (* ̄m ̄) ププッ
>スカーレット、レッドバトラーで勝手に話が進んでいくもんで、知らない私にはさっぱり意味不明
ですよね^^ 「風と共に去りぬ」読んでない人には スカーレットやバトラーがどんな人か判らないもんね^^
なんで、そこに文句を言う人がいないのか不思議に思ってました。^^
>風と共に去りぬを読んでから、また白夜行1話から順を追って見れば、また違う感覚で見れるのかなと思っています。
かと言って、読んでれば読んでたで 特に「亮司、全然バトラーって無い」って思うよ^^
雪穂のスカーレットも悪くは無いんだけど、やっぱ微妙に違うし^^
まぁ、「風と共に去りぬ」で文句を言うのは 本当の野暮だと思うので 「白夜行」原作ヲタで TV版ツマンネみたいな事を言ってる人の方が まだマシかな…と。^^;
どっちかというと「歎異抄」の3章と13章だけでも読んでから TV見直すと面白いですよ
特に 笹垣がブツブツ呟く言葉の意味が判ればね^^
むしろバトラーは篠塚のほうが”まだ”近い気がします。
というか、公式サイトにある(ブタネコさんは見てない気がするけど)篠塚の紹介文で
「雪穂が心の底で、本当の自分をさらけだして愛されたい、と望んだ唯一の人間」
ってあるけど
「じゃあ亮司は何?」って感じです。
だって亮司と雪穂の純愛物語なんですよね、TBSによると。
もしかしてこれも原作を読まなきゃ補完出来ない事なんですかね?
★ うごるあ さん
>むしろバトラーは篠塚のほうが”まだ”近い気がします。
そうなんです。^^;
でも、亮司が「俺、バトラー船長みたいになる」って言っちゃったから 難解になっちゃってるんです^^
>ブタネコさんは見てない気がするけど
と、思うのなら、余計な御世話です^^
>「雪穂が心の底で、本当の自分をさらけだして愛されたい、と望んだ唯一の人間」
そこは、見ちゃってたんで余計に「あらら?」と思ってました。^^
だから亮司は「アシュレー」なのか?なんて思わされたり…
で、最後には 殆ど何の関連も無くて ただ二人が好きで読んでた本…ってオチもあり得ます。^^;
ま、その辺は先を見ないと判りません。^^;
ブタネコさん、こんばんわ ソラノウタのブログ私も見ました、そっちのブログにコメントすればいいんでしょうけど、ブタネコさんの意見を聞きたくてこちらに書かしてもらいます。 正直「ソラノウタ」の話には、違和感があり、ブログの意見の中の様に手放しですばらしいとは言えないのが感想です。(亮が死ぬと仮定すれば)舞台設定として、図書館・BBSで亮からメッセージというのは、「世界の」を想起させて、朔、亜紀を愛するものとしては、それだけで泣きそうになるんですが、まあ多くの人にそんなことはわかってるよといわれそうだけど、当然亮がいなくなった後、雪穂が他の人と残りの人生を歩くなんてことはありえないだろうし、「一人でさっさと一抜けする」亮からのメッセージでそれからの人生を歩く糧になる内容ってどんなものがあるのだろうか?一緒に白夜を対になり生きてゆくことだけでしか雪穂を支えていくことはできないんじゃないだろうか?業深い二人は死んでしまえば影の歌詞のように残るのは呼吸の跡だけの様な気がするし、それともそもそも一人になる雪穂に救いなんかないのか?ただ石○Pが「意識して世界のを超えたい」といっていたが、それからの雪穂に(しつこいようだが、亮が死ぬと仮定して)何かを指し示すことをうまく描けるのなら、私の中で「世界の」を越える可能性も出てくるように思うんだけど、それだけにラストに向けて大きな期待と不安が入り混じった気分です。 ん~どうしてもブタネコさんみたく論理的じゃなく、感情論になってる気がする。
★ K さん
そうですか、takuさんのところにも行かれましたか…^^
まぁ、コメントに関しましては あちらに書けばtakuさんが 簡潔明瞭にお応え下さるでしょうし、こちらの場合は 私が その時の気分で好き勝手な事をお応えしますので…^^;
>正直「ソラノウタ」の話には、違和感があり、ブログの意見の中の様に手放しですばらしいとは言えないのが感想です。
ふむ、成程^^
まぁ、それはまだ仮説なんで「あるある」とか「ないない」とかを真剣に論議する必要は無いですよね^^;
私個人としては 図書館BBSは原作に無い設定なんでTV版制作者が どんな意図で盛り込んだのか?には興味のあるところだったので そういう展開もアリかなとは思ってましたが 是か否かは結果を見るまで語るつもりはありません。^^;
>舞台設定として、図書館・BBSで亮からメッセージというのは、「世界の」を想起させて、朔、亜紀を愛するものとしては、それだけで泣きそうになるんですが、
そうだとすると、石○の考えそうな小賢しい小細工になりそうです。確かに^^;
>雪穂が他の人と残りの人生を歩くなんてことはありえないだろうし
それは どうでしょうね…^^;
私は 雪穂と篠塚が何かがキッカケで結ばれる…ってのも「風と共に去りぬ」っぽくてアリかな…なんて事も思ってます。^^
もっとも、そういう展開にするには 相当の説得力ある脚本が必要となるので可能性が低いとも思ってますけどね。^^;
>ただ石○Pが「意識して世界のを超えたい」といっていたが
石○みたいなサラリーマンPごときが 何を語ろうと検討に値しないですね^^
ドラマの中味で真剣に勝負する人は 第1話の放送開始前からベッドシーンを番宣にするような小賢しい小細工しませんし、そんな真似しといて立派な事を語ろうとも茶番です。^^
まぁ、仮に、あくまでも仮にの話で… 亮司が死んでしまうのなら それだけでも雪穂にとっては「罰が下される」のと同じ…って解釈もアリだと思います。
かと言って、亮司が死んだ後 雪穂が「あ~、せいせいした」とニコッと笑うのもアリだと思いますし、亮司の後を追うように雪穂が自殺するのもアリでしょう。
どんなエンディングになろうと そこに説得力さえ感じさせて頂ければ 私は満足しますし、満足度が高ければ それだけ褒め称えるでしょう。^^
逆に、説得力が乏しければ そのぶん失望度が増し、私の批判の辛口度はアップする… ただ、それだけの事です。^^
物語の序盤であれば 後半の展望を妄想して楽しむ事もしますが、現在のように もう後半部に突入した時点では そんな妄想するよりも 今までに妄想したぶんを どう満足させて貰えるかが楽しみでなりません。^^
雪穂が篠塚と結ばれる・・・なるほどなと思いました。 雪穂が今度結婚するなら 過去を全く知らないか 全てを知っていて受け入れてくれる人ですよね。篠塚自身も「気になる人」とか笹垣に「自分のために雪穂を調べたい(江利子の件は雪穂の嫉妬である可能性を知りたい)」とも言ってますよね。 あと3話 楽しみです。
★ 虎馬 さん
>江利子の件は雪穂の嫉妬である可能性を知りたい
あ~、そういう解釈もありますね^^
私は
「何故、江利子は自分(篠塚)と別れたのか?」
を、知りたかったんだろうと思ってました。
そこにはフラレたのが口惜しくて…って単純な理由だけでは無く、篠塚のプライドもあるだろうし、それよりも 恋人である自分に何故、事実を自分で伝えようとしなかったのか?ってのも含めて 納得がいかないのだろう…と。