TVドラマ「アテンションプリーズ」第1話を見た。
JALが制作協力をしている様なので 名指しで言わせて貰うと JALでは この上戸彩扮する美咲洋子というアホを CA候補として採用するのか? 人事担当者を小一時間問い詰めてみたいところだが、昔から いくつかの理由により、私はJALが大嫌いでANA派だから JALがどうであろうと乗らないから知った事では無い。^^;
個人的悪口を述べるのは本意では無いので 二度と言う気は無いが、第1回の放送なので1回だけお許し願って言わせて頂くと 私は上戸彩が嫌い。
ゆえに、本来は見るべきでは無いと判っているのだけど、
相武紗季
大塚ちひろ
小日向文世 … このキャストは好物で 実に、痛し痒しである。
しかも、まぁ、まだ1話なんで何とも言えないが
笛木優子にも、ちょっと惹かれた。
が、このドラマのストーリーは 1話にして完全に破綻してしまっているので 物語を楽しむドラマとしてでは無く、PVとして楽しむ以外に無いと判断。
ゆえに、余程の事が無い限り 今後は記事にするつもりも無い。
さて、自慢できる話では無いが…^^;
私は「紀比呂子」が主演した 1970年の『アテンションプリーズ』を見ていた者の一人なのだが、今回の上戸版を見て 甚だ疑問があり、滅多にやらない事だが 公式サイトを覗いてみたら ちょうど、そこに1970年版のあらすじがあったので引用してみる。
前作『アテンションプリーズ』とは?
1970年、主演:紀比呂子(美咲洋子役)で放送され、佐賀から出てきた少女が憧れの国際線スチュワーデスの訓練生として恋愛、友情、そして厳しい特訓に耐え、成長していくというストーリーで、初の航空業界を舞台にしたドラマ。ドラマ放送後、女子学生の就職ランキングでスチュワーデス人気が1位になるという社会現象になるなど、一世を風靡した。スチュワーデスの物語としては『スチュワーデス物語』が記憶に新しいが、その原型になった番組が『アテンションプリーズ』だ。
で、記憶を頼りに上のあらすじに欠けている重要な要素として主人公は兄との約束を果たすためにスチュワーデスになる事を夢見るというのを付け加えておきたい。
で、なんで こんな昔の話を持ち出したかというと…
紀比呂子版と この上戸版が たまたま同じ『アテンションプリーズ』というタイトルなんです…って話だったら 実に、どうでもいい話なのだが、何故か この上戸版での番宣が しきりに紀比呂子版のリメイクとか 現代風アレンジとか そういう事を強調していたからなのだ。
で、結論から とっとと言うと、全然、リメイクでも何でも無く、まったく別のお話です。
で、この番組の制作に協力しているJALに言いたい事は
「そんな暇あったら 社内の事をちゃんとやれよ」
という事。
実は ひとつ縁起の悪いジンクスがある。
例えば 紀比呂子版『アテンションプリーズ』が放映されたのは1970年
で、1971年には
●1971年7月3日:東亜国内航空(その後JAS 現JAL)のYS-11が 北海道七飯町横津岳で墜落、68人が死亡(ばんだい号事故)
●1971年7月30日:全日空(ANA)のボーイング727が、岩手県雫石町上空で航空自衛隊のF-86F戦闘機と衝突し墜落(全日空雫石事故)。
という航空事故が起こっており、『スチュワーデス物語』がヒットした1983年の前後では
●1982年2月9日:日本航空(JAL)のDC-8が、K機長の異常操縦(逆噴射)で羽田空港の手前に墜落。(羽田沖墜落事故)
●1983年9月1日:大韓航空007便(ボーイング747)が、ソ連領空を侵犯し、樺太上空でソ連空軍の戦闘機スホーイSu-15に撃墜される(大韓航空機撃墜事件。厳密に言うと航空事故ではない)269人死亡。
●1985年8月12日:日本航空(JAL)123便(ボーイング747)が、群馬県多野郡上野村の御巣鷹山に墜落。乗客509人中505人、乗員15人全員の520人が死亡(日本航空123便墜落事故)
と言う風に 日本国内及び近郊で大きな事故・事件が生じている…という事。
これが、ただの偶然で 単なるヨタ話で終わる事を祈るばかりである。
ブタネコさんへ
元気な復帰、おめでとう御座います。体調もよろしいようで元気に飛ばしていますね。最後のコメントで飛行機乗るのが怖くなりましたよ。近々九州へ良く予定があったのですが、これじゃ直通で行くのをやめて、まず広島まで新幹線でいき、2,3日親戚で過ごした後、再度新幹線で九州に行くように変更しなくてはいけませんね。
飛行気に乗るのは、正直言っていつも怖いと思っていました、そろそろ落ちる時期ではないのかな、ひょっとしてこの飛行機がそうなったりして?と思いつつ乗っていました。あんな金属の塊が空を飛ぶのは理論は判っていても不思議です、でも便利は便利ですよね、日本全国どこでも2時間以内に行けるのですから。今年の北海道ゴルフパックが無事に終わること祈るのみです。
★ タンク さん
私は 飛行機に乗るのが大好きです。
「いっその事 この飛行機 堕ちないかな♪」
と、乗ってる時に期待を込めて思う事もあります。
(だったら、JALに乗れ…と ANAから怒られそうですが^^;)
飛行機はまさに乗り物といわれる物の頂点です(宇宙に行くロケットはのぞく)。パイロットにはやはり憧れました。ですので、飛行機などが題材にでてくると、少しひいき目で見てしまいます。ただちょっとこのドラマはかなり安直に話が進んで行くようですこし残念なんですが・・・。
最新型の777なんてあまりにもスムーズに飛ぶので少し面白みがないですね。一番印象に残っているのが東亜国内航空時代にのったMD-81(だったかな?)です。離陸の時等は振動と轟音で緊張感満点。なんか頑張って飛んでます、といった風情がありました(^^)。
★ roadrace さん
何故か 私は周囲にパイロットの知人が多いんです。
と言っても、殆どがヘリ(回転翼)なんですが^^;
このブログに 時々、現れる「こんぶ」氏は珍しく固定翼ですが…^^;
で、私の思い出に残る熱いフライトは 丘珠-女満別間をかつて飛んでいたYS-11です。
第二次大戦のD-DAYの時に 101空挺師団が ノルマンディに夜間降下した時をイメージさせる機体の狭さとプロペラの爆音…
もう、最高でした^^
ブタネコさんへ
YS-11が出てきましたか!!僕が最初に乗った飛行機がYS-11でした、狭さと爆音とそれと恐怖のきしみ、そのお陰ですっかり飛行機嫌いになりました。その後出張で伊丹と徳島の間を3年間往復することになり、roadraceさんの言うMDのジェットとYS-11の両方に乗る機会がありました。ある時YS-11の翼の後ろに乗る機会があり窓から見ているとリベットがずれているような錯覚を覚えて手に汗を握ったことを思い出しました。最後のYSー11は南米のほうに売られて最後のご奉公という記事を読みましたけど、今でも元気に飛んでいるのかな?
★ タンク さん
YS-11は 国産だけあって 実に熱い航空機でした^^
かつての「一式陸攻」「銀河」「呑龍」「飛龍」…
名機の名残だと信じて疑っておりません。
やっぱ、気合い入れて国産機を開発・生産して欲しいなぁ…
ブタネコさんへ
今日、日本でのYSー11の引退式のニュースを見ました。最期のYS-11が南米へ売られたと言うコメントは僕の勘違いでした。申しわけ有りませんでした。最期の機長のコメントで日本初のジェット機を期待していると有りましたが、ブタネコさんと同じようにみんな考えているのですね。どうして日本製の飛行機が開発されないのか分かりませんが、やはり採算が合わないのかな?個々の部品には優れているものが多いと聞いているので、やる気になればそんなに難しいと思えないのですがね?
★ タンク さん
科学技術の発展は 軍需開発と共生するのが各国の通例で、日本の場合は その分野の技術力は
けっして低くないのだけど、かける予算や気持ちが低い。
一説にはトヨタがセルシオに積んだエンジンは セスナ系の航空機用エンジンを開発する過程に作ら
れたモノ…という話を聞いた事がありますが(それが嘘かホントかは定かでは無いですが) 日本の
企業が そういう姿勢を見せると 真っ先に横槍を入れてくるのはアメリカですし、たしかにボーイングを
はじめとするアメリカの航空機会社は アメリカの軍需産業の基幹でもあるから 他の追随を許したく
は無いでしょうしね
第二次大戦前、アメリカ製のDC-3という輸送機を 日本は生産ライセンスの契約を行い その輸
送機をベースに零式輸送機を海軍が開発した DC-3はアメリカでも C-47多用途輸送機として
大量に生産され その一部はイギリスなどに供与されて「ダコタ輸送機」等と呼ばれるなど1万機以
上が生産され 戦後、しばらく後まで使用されました。
第二次大戦後、GHQは 日本軍の軍用機をアメリカに持ち帰り いろんなテストを行い、様々な部
分で日本の技術に度肝を抜かれたのですが、この零式輸送機は 機体の軽量化とエンジンの改良に
により 航続距離が2倍になっている事に ひどく驚いた… なんて逸話を聞いた事があります。
ゆえに、今 世界でトップ水準にあると言われているアメリカの航空業界にとって もし、その座を揺
るがす存在が現れるとしたら 本気になって真剣に日本が開発を行いだした時なのだそうで、その
妨害も 彼らにとっては国策なんでしょうね^^