映画「リリィ・シュシュのすべて」を見た。
個人的な感想だが、岩井俊二が これまでに監督した作品は とても面白いと思った物と「何だ これは?」と思う時と 両極端なのだ。^^;
だから、「また 面白い物が見たい」という期待から注目している人物ではあるが、「好きか嫌いか?」と聞かれれば 「どちらでもない」もしくは「やや、嫌い気味」と応える事になる。^^;
だから今回、この「リリィ・シュシュのすべて」(2001年公開)を見たのは
「伊藤歩」と「蒼井優」が見たかったから。
先日、このブログに『蒼井優カテゴリ-』を設けたところ
「蒼井優を語るなら まず、”リリィ・シュシュのすべて”からですよぉ~」
と、ある方から御教示を頂き 伊藤歩も出ているという事が判ったので早速 見る事にしたわけだが…
「岩井俊二」らしい…と言うべきなのか 映像は綺麗だった。
ただし、「綺麗」と言っても「画が綺麗」なのであって「物語も含めて綺麗」という意味では無い。
14・5歳の少年少女の日常を題材に「いじめ」や「自殺」や「援助交際」に ひとつのテーゼを与えた…と この作品の評に語る人がおり、たしかに そうなのかもしれないなぁ…とは思ったが、素直に「うん、そうだね」とは 私は頷く事も出来ない。^^;
この14・5歳の頃が たしかに私にもあり、”リリィ・シュシュのすべて”を見ていると 幾つかのシーンから 自分のその時の事を思い起こす瞬間がいくつもあったのは事実。
でも、だからと言って”リリィ・シュシュのすべて”に描かれている日常が 私の当時の頃では無く、今の(正確には この作品が公開された2001年当時の)14・5歳の日常にとって”リアル”なのかな? そこに大いに疑問を感じたのだ。
「いじめ」や「自殺」や「援助交際」 このキーワードは 最近、また一際騒がれたわけだが、それらを報じる報道を見ていて 特に文科省の関係者や 教育委員会や学校の関係者、そして 識者と呼ばれる烏合の衆 それらのコメントを耳目にしていて感じた事と”リリィ・シュシュのすべて”を見て感じた疑問に 自分の中で 少なからず、共通点を発見した。
それは たしかに私にも 14・5歳だった時の記憶や経験がある。
けれども、それは 今から30年以上前の時代の事。
今の14・5歳と 30年以上前の14・5歳の日常を考える時「時代」が違うのだ…という 考えてみれば簡単な話。^^;
ところがね、識者など 今の問題に発言している連中は 多少の差はあっても私と同じ数十年前の記憶に基づいて「いじめ」や「自殺」や「援助交際」を語っているのであって「今」という時代を 判っている様なフリをしているだけなんだ。
「郷に入らずんば…」
では無いけれど、「今」の14・5歳には 彼ら独特の世界があり、違う世代が その世界を垣間見きれるか?と考えると それってとても難しい。
だって、それこそ自分の14・5歳の頃を思いだしてみれば良い
「大人は判ってくれない」
少なくとも 私の世代は14・5歳の頃、よくそう思ったり、言ったりしなかったかい?
この歳になって判ったのは「大人は判ってくれない」のでは無く、「大人になると判らなくなる」のだよ 少年少女諸君^^;
なのに、「判ったフリ」をした上で 識者ぶって「今の学校教育は…」とか「今の子供達は…」等と偉そうに語るアホが 私を含めて多すぎるんだな。
( 注:私は識者では無い^^; )
で、そういう疑問というか矛盾に気づくと この”リリィ・シュシュのすべて”に描かれている事が 本当に「リアル」なのだろうか?という疑問の方が どんどん大きくなってしまい、「何かが違う」と 危険信号を感じた… というのが私の正直な気持ちである。
さて、
「伊藤歩」は やはり存在感があり、台詞は多くはないけれど 仕草や表情は女優だなぁ…と 感心させられる事が多かった。
「蒼井優」は
この作品が映画初出演という事もあり、年齢的な事もあって 最初は言われないと「蒼井優」だとは判らなかったが…
1人の女優として「伊藤歩」と負けじ劣らずの存在感を見せており、初出演で これだけの姿を見せていたと思えば 今の姿が、より「成る程な」と理解出来る。
つい先日、
Dr.コトー診療所2006 第9話で…
なかなか良い演技を見せたのも あらためて頷ける。