2007年03月22日

●バンド・オブ・ブラザース 余談


この記事は『ブラッカムの爆撃機』という記事に対して タンクさんから頂戴したコメントへのレスという意味でもあり、良い機会として 述べたい事を付加したものでもあります。^^;




沖縄シュガーローフの戦い』という本を読み その感想を記事として述べさせて頂いたわけだが、この本は そんじょそこらの翻訳本と同列に扱う事が私には出来ない大きな理由がある。


この本の「あとがき」に記載のある 翻訳者並びに協力された方々は プロの翻訳者や翻訳関係者ではありません。


とかく、大手出版社や映画配給会社が外国作品を日本国内に持ち込む際に関わられる翻訳関係者は 翻訳のプロではあっても、彼らの扱う英語は一般的な会話の英語であって 専門知識、今回のケースだと軍事用語の知識・翻訳に関しては ハッキリ言って素人と言わざるを得ません。^^;


過去に「名作」と呼ばれる戦争映画がいくつもあるけれど それらの中にも違訳が実は多々あり、訳のせいで名作でありながら 駄作として葬られた作品も実は少なく無い。

洋画字幕に関して戸田某という翻訳の権威と言われるオバサンがいるけれども、昨今では 彼女が翻訳したいろんな作品において 誤訳や本来の意味とは違う意味の違訳により、せっかく作品が醸している素晴らしさをぶち壊したり、違った印象にしてしまっている事を 多くの原作マニアから指摘されている事実もある。


これは、単にプロと呼ばれている翻訳者達が あくまでも機械的に自分の知っている単語知識だけで翻訳をするから そういう結果に至るわけで、作品そのものを理解し、愛し きちんとした意味で訳そうとする意思があれば いくらなんでもこういう訳にはならんだろ?と私には思える部分が多く、以前、とあるところで この字幕・原書翻訳に関して議論が生じた折に、上のような持論を述べたところ、プロの翻訳家の方から


「与えられた限られた時間内で翻訳作業をしなくてはならない…

 という”時間的制約”や

 字幕の場合は画面に表示される”時間的制約”があるから 仕方の無いことだ」


と反論された事があり、少なからず その心情には同情もしたけれど、納得は出来無い。^^;


つまりは、翻訳者個々に対する問題…というよりも原書や洋画を翻訳して日本に持ち込もうとする人々の「翻訳」という部分に対する重要性の認識が甘すぎる…って事なんだろ?という風に私は認識するばかりなのだ。




かつて『「バンド・オブ・ブラザース」』という記事で紹介させて頂いた本がある。


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並木書房 著:スティーブン・アンブローズ 訳:上ノ畑淳一 ISBN4-89063-146-1


私は今まで 随分と名作と呼ばれた戦争映画(洋画)の原作本を読んできたけれど この本ほど内容といい、翻訳といい 素晴らしいと感動したものは他に無い。


たまたま御縁があって、私の義弟が この翻訳者である上ノ畑氏とメールを交わすお付き合いをさせて頂いている関係で 以下に述べる事は その義弟からのまた聞きである事を まず、お断り申し上げると共に、私如きが述べる僭越さを どうかお許し願いたい。


で、何が言いたいかというと…


昔、ネット上で戦争映画の愛好者が集うサイトがあり、上述した上ノ畑氏は そのサイトの常連の1人だった。


氏は米国在住で ある時、たまたま書店で目に付いた本を買い、それを読んで物凄く感動した。


それが「バンド・オブ・ブラザース」の原書である。


日本に一時的に帰国した氏は 折良く開かれた戦争映画の愛好者が集うサイトのオフ会で 如何に「バンド・オブ・ブラザース」が面白く、素晴らしい本なのかを熱く語ったのだが、日本では原書すら販売されておらず、「スティーブン・アンブローズ」という作者が当時、既にアメリカ国内では「シチズン・ソルジャーズ」などベストセラーを数冊書き下ろしていた人物であり、映画「プライベートライアン」で重要な役割を果たした人物であるにも関わらず、日本では全くの無名だった事などもあって 氏の伝えようとした事がままならず、それが悔しくて御自身が その戦争映画の愛好者が集うサイトで知り合った御二方の協力を得ながら翻訳した…というエピソードがあります。


ミリタリー・オタクを自認する私として、この「バンド・オブ・ブラザース」の翻訳本を拝読し この本は、いまだかって無い傑出した本だと感じた事がいくつかある。


その最たる点は「プロ」と呼ばれる一般の翻訳者では無く、言っちゃぁ失礼だが、ミリタリー・オタクが持っている知識をフル動員して翻訳したクォリティのズバ抜けた高さだ。


この「バンド・オブ・ブラザース」の日本語翻訳版が日本で発売された後、


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「バンド・オブ・ブラザース」は映像化され WOWOWによってその映像は日本でも放送さたわけだが、実に興味深いのは 映像版は通常の洋画と同様「プロ」と呼ばれる翻訳者が字幕や日本語台本を作り、声優による吹き替えも行われたわけで その翻訳に原作を翻訳した方々はタッチしていない。


で、そのプロ達の翻訳は洋画における、いつも通りの機械的作業だったわけで とりわけ原作翻訳者達の訳と「プロ」の違いが判る 最も明かな部分が二つあり、


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ひとつは映像第7話内にある「デランシーの前線」で


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二つ目は最終話のラストで主人公であるウィンターズ氏御本人が 回想して語る台詞の訳


その詳細については 翻訳本と映像双方を御覧になる事を強く薦める私としては ここで述べようとは思わないが、ハッキリ言っておきたい事は 如何に原作翻訳者が原作の持つティストを忠実に翻訳をしようとしたのかが この訳の違いに明確に表されている…という事だ。


そういう経緯を義弟から聞き、実際に映像や原作を目にして この本は翻訳者の魂が込められた一冊であり、翻訳者が それだけ精魂を込める価値のある素晴らしい内容の本だと私も確信している。


もしも、この本が「トム・ハンクス」と「スピルバーグ」が映像化した作品の原作として 当たり前の様に「プロ」と呼ばれる翻訳者が翻訳していたら…


私は断言しても良い、上ノ畑氏が翻訳した程のクォリティには絶対にならなかった と。


【Band of Brothers 絆で結ばれた兄弟たち】




さて、「沖縄シュガーローフの戦い」に関し その本を読む前から、「この本は読まずにいてはバチが当たる」と私が考えていた理由は この「沖縄シュガーローフの戦い」を翻訳された方、その作業に関わった方々は 上述した「バンド・オブ・ブラザース」の原書翻訳に関わった方々であるという事。


元をただせば、戦争映画愛好家 もっと判りやすく言えば 表現は良くないけどミリタリー・オタクの方々であり、彼らは今でも本業を別にちゃんと持った立派な方々で「プロ」の翻訳家では無い。^^;


しかしながら「戦争映画を愛好する」事にかけては おそらく日本国内でも屈指の方々であり、ミリタリー・オタクの知識は それぞれ得意分野の違いはあれど、それも おそらく日本国内では屈指のレベル。


その方々が「これは 日本国内に紹介すべきだ」と判断し、本業の傍ら翻訳した…と伺えば それだけで私にとっては かけがえのない良書であり、「文部省推薦」なんてお墨付きよりも遥かに上の「お墨付き」なのだ。


で、実際に読んで感じたのは「お墨付き」に間違いは無かったという事だ。




蛇足ながら、もう少し述べておきたい事がある。


素晴らしい原作があり、それを映像化する事になると 制作者達はおしなべて


「この原作を読んで感動しました。 だから、是非 映像化したいと考えました」


と、語る。


その考えにケチをつける気は毛頭無い。


しかし、上の様に語りながら 原作をそのままなぞるように映像化するのでは無く、原作を ただ利用しただけの映像を作る輩を 私は軽蔑し罵る。


「原作をそのまま映像化する」のが 映像制作者にとって「オリジナリティの欠如」と結論づけるのは もし、原作が本当に素晴らしい作品であるならば冒涜以外の何物でも無い。


尺の問題や 元々、原作にある欠陥を補う…などで 原作とは微妙に異なる映像を作る事じたいに文句を言うつもりは無いが、その場合 あくまでも「原作を踏まえて」であればの話。


原作を踏まえず 独自の解釈で映像を描こうとするのは「原作の利用」でしか無く、そんな輩が


「この原作を読んで感動しました。 だから、是非 映像化したいと考えました」


と、述べるのは


「この大嘘つき野郎が!!!」


と、罵るね私は^^;


(但し、原作が駄作の場合 何でもアリだと思ってます。^^ )


同様に、海外の映像や小説をヒット作だから…と日本に持ち込む関係者に対しても そりゃいろんな制約や苦労もあるだろうとは思うけど、日本国民全員が英語が堪能では無いのである。^^;

作品そのものの素晴らしさやティストを表現する「翻訳」という作業を おろそかにするという事は、自分達の仕事全体をおろそかにしている事だと いい加減に気づけよ…と苦言を呈したい。


「バンド・オブ・ブラザース」の映像版は 「トム・ハンクス」と「スピルバーグ」が「スティーブン・アンブローズ」の著作を 充分に読み込み、把握した上で描いた映像だと断言するし、原作翻訳版は 海外小説の翻訳としては最高の一冊である。


私がTV版「世界の中心で愛をさけぶ」で完膚無きまでにブチ壊された以前、同じ様にブチ壊され大泣きさせられたのが「バンド・オブ・ブラザース」の日本語版であり、映像版だったのだ。


しかしながら、映像版の字幕や吹き替えの日本語訳は 実に御粗末なモノだったのが残念な話だった。




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●地下鉄(メトロ)に乗って


映画「地下鉄(メトロ)に乗って」のDVDを入手したので ようやく観る事が出来た。




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上の画像は 私が所有している 徳間文庫 ISBN4-19-890698-X のもので現在は違うISBNになっているので御注意^^


私は 浅田次郎の著作が基本的に大好きだ。


初期の頃の「極道ピカレスク」と呼ばれた作品が 中でも最も大好きなのだが、「ラブレター」「鉄道員」 そして、この「地下鉄に乗って」の様に 時々、グサッと胸を抉るような本を書く。


これはヤラレたなぁ…(ToT)


他の この本を読んだ人の感想を聞くと、この本を駄作と言い切る人もいるし、「わりと面白かったよ」と素っ気なく応える人が多いのだが、私には とてもツボを刺激された一作だった。


その原作を「篠原哲雄」が どのように映像化するのか?


映画化の話を耳目にして以来、楽しみで仕方が無かったわけだが…


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昨年の映画公開時、私は体調不良で劇場に行く事が出来ず、数日前に ようやくDVDを入手したので じっくりと腰を据えて観た。


観る人によって感想は様々だと思う。


年代設定において 役者の年齢設定が変じゃないか?と疑問を抱き それが引っ掛かって「ツマンネ」という感想に至る人も少なく無いかもしれないとも思う。


原作における大事なエッセンスを映像に含んでいないと残念に思っている方も多いだろう。


このところ 原作の人気にオンブダッコで、映像化と言えば聞こえが良いが 中身が薄っぺらで、原作の派手な部分だけを映像にして 物語をツギハギにしてしまったモノが多いから 一見して、それらと同様の感想を抱く事は けっして否定する気は無い。


この「地下鉄に乗って」の原作に対して評価の低い感想を述べる方の話を考えると 主人公が何度か過去にタイムスリップするのと同時に 「みち子」という主人公の愛人も別個に「タイムスリップ」する流れが錯綜して それを理解出来ない事による「ツマンネ」感があるようだ。


たしかに、その点は 私にも理解出来る。^^;


主人公のタイムスリップで見聞した過去のストーリーは物語の柱だから 判りやすい描写ではあるが、原作における「みち子」のタイムスリップ話は 率直に言ってしまえば中途半端と言われても仕方が無い。


だが、ほんのちょっと想像を働かすと その中途半端によって見えないストーリーが実は見えるわけで…


映画化により、「篠原哲雄」は その「見えにくい」ストーリーの部分を 原作とは微妙に違う話と言われる事を覚悟の上で 映像として見せてくれたのだと私は高く評したい。^^


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主人公には 兄が死んだ時以来、父に対して心の中にトラウマが生じ、


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その父が病に倒れ 今度ばかりは もう駄目だ…と弟は告げ、父親を見舞ってくれるように懇願するが、主人公(堤真一)は 会おうという気にならない。


父親に対する 子供のわだかまり…


その原因は 自分の事を語ろうとしない父親にも原因があるが、その原因を知らない子供にも心が擦れ違ってしまう理由となる。


そんな時、


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偶然か、必然なのかは定かで無いが、地下鉄のホームで主人公は恩師と再会し それがキッカケとなった様に


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主人公は過去にタイムスリップしてしまう様になる。


ここで、


  ・何故 主人公がタイムスリップしてしまう様になったのか?


  ・どうして、恩師との再会がキッカケのようになってしまったのか?


この点に関して 実は原作内でもハッキリとは明記されているとは言い難く、読者の想像を喚起する部分でもあり、読者の側が どこをキチンと脳内補完できるか否かで 作品から受ける印象は大きく変わる。


恩師は過去に主人公の父親との接点があり、その時の出来事は その場にいた者しか知り得ぬ事。


しかしながら、それは父親の人間像を語る上で どうしても欠いてはならないジグソーパズルのピースなのだが、黙して語らない父親であるが故に 子供達を筆頭に誰も知らない。


父親と、この恩師と 共に、死期を間近に迎え その事を知らず、誤解したままの次男(主人公)に伝えたかったのではあるまいか? というのが私(ブタネコ)なりの解釈だ。


では、何故、「みち子」もタイムスリップするのか? という点に関しては 私なりの解釈を詳細に述べる事は そのままネタバレをも意味するので ここでは述べたくない。^^;


が、その点が判らない人の多くに共通している点を ヒントとしてひとつだけ指摘しておくと…


DVDでは開始から32分過ぎから始まる


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ここから…


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ここまでのシーンの 堤と岡本の会話をよく聞き、その意味を見終えた後に思い出して考えてみるといい。^^;




さて…、この映画の登場人物だが


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主人公「堤真一」


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主人公の愛人「岡本綾」


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主人公の父「大沢たかお」


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父の愛人「常盤貴子」


この主要なキャスト4人が とてもハマっている。


ま、年代的な背景と年齢設定に違和感が…と批判する人も多いらしいが その点に関しては この作品はノンフィクションでは無く、ファンタジーなんだ…と思えば 目くじらを立てる部分でも無いんじゃないの?と 私は思う。


で、私として 映像に批判をしたい点を挙げるならば 


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このシーンでの 母親と主人公の会話の中で、原作の同じシーンから削られてしまった台詞がいくつかある点。


その削られた部分 ほんの数秒があれば、もっと判りやすい話になったと思えるだけに、何故 削ったのかが不思議でならない。




最後に…


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この作品における「岡本綾」の演技は極めて秀逸だ。


それと


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エンディングに流れるテーマ曲「プラットホーム」(Salyu)が とても郷愁を誘われて 実に良い。




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