2005年にフジ系で放映されたスペシャルドラマ「天国へのカレンダー」について語ってみる。
このドラマをオンタイムで見た時に 不覚にも録画をするのを忘れてしまった。
が、DVD化されていると知り 直ぐさま購入したのは随分と前の事。
それ以来、未開封のまま 書斎の机の上の未開封DVDの山に埋もらせたまま見ずにいた。
このドラマは ノン・フィクションとしてモデルとなる人物が存在し、実際に癌で亡くなっている。
その方の話を基にドラマ化したとの事で ドラマ自体はノン・フィクションとは言えないが、いろんな意味で秀逸なドラマであると私は思う。
主役を演じたのは
「藤原紀香」で 彼女が演じたのはガン専門の看護師として最後まで職務を全うしながら自らもガンでこの世を去った方。
恩師「高橋惠子」からガンの発病と余命宣告を受け その恩師の紹介により
「竜雷太」が院長を務める総合病院に患者であり、看護師として赴く。
「玉木宏」は院長の息子であり、その病院の勤務医であり、後に主人公の担当医となる。
「木村多江」は その病院の看護師で 後に主人公の担当になる。
他の主な出演者は…
白血病で入院し、一度は自殺まで考えながらも その後の治療で快復し退院する患者役として「香椎由宇」
救急車で搬送され、検査の結果 末期癌と判明する「渡辺いっけい」
「渡辺いっけい」の娘役「戸田恵梨香」
個人的事情を申し上げれば ここのところ「木村多江」砂漠の日々が続いている事もあって このDVDを見たのだが…
やっぱ、「木村多江」は最高だ。
看護師姿も良いが 慈愛の微笑みが素晴らしい。^^
さて、この「天国へのカレンダー」に以下の様なシーンがある。
「藤原紀香」の部屋に訪れた「香椎由宇」がラジカセから流れる音楽(詩の朗読?)に惹かれ それが何かを「藤原紀香」に尋ね
それに対して「藤原紀香」は一冊の本を差し出し、その本の朗読だ…と応える。
その本とは

「今日は死ぬのにもってこいの日」 刊:めるくまーる ISBN10-4839700850
今日は死ぬのにもってこいの日だ。生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。
すべての声が、わたしの中で合唱している。
すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
今日は死ぬのにもってこいの日だ。
わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
わたしの畑は、もう耕されることはない。
わたしの家は、笑い声に満ちている。
子どもたちは、うちに帰ってきた。
そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。
これは「セカチュー症候群」に冒された身には 不意打ちの、しかしながら強力なパンチ
(この意味が判らず”セカチュー症候群”を自称するアホは もう一回、DVDを見直せ^^;”)
TV版「世界の中心で愛をさけぶ」最終回のエンド・クレジットに
という部分がある。
どういう事かと言えば
もしもおまえが 枯れ葉って何の役に立つのってきいたなら私は答えるだろう…
病んだ土を肥やすんだと。
おまえは聞く、冬はなぜ必要なの?すると私は答えるだろう…
新しい葉を生み出すためさ。
おまえは聞く、葉っぱはなんであんなに緑なの?そこで私は答える、
なぜって、やつらは命の力にあふれているからだ。
おまえがまた聞く、夏が終わらなきゃならないわけは?と私は答える、
葉っぱどもがみんな死んでいけるようにさ…
「セカチュー症候群」なら聞いただけで泣き出す「ソラノウタ」の出典が この本からだという事。
ちなみに、「今日は死ぬのにもってこいの日」から引用されたのは上記の部分までで
おまえは最後に聞く隣のあの子は何処へ行ったの?
すると私は答えるだろう…
もう、見えないよ
何故ならおまえの中にいるからさ
おまえの足はあの子の足だ
という部分は「今日は死ぬのにもってこいの日」の原文には無い。
つまり、この付け足しの部分は 亜紀がサクに対して付け足したオリジナルなメッセージ だという事。
もし、アナタがTV版「世界の中心で愛をさけぶ」でヤラレた一人で 上述した内容を知らずにいたとするならば…
どう? これ知ったら また、涙ぐんだでしょ?
私は泣いて壊れたよ。(ToT)
LIAR GAME(ライアーゲーム) 第4話を見たので語ってみる。
細かい事を言ってもキリが無いので 大雑把に言えば、今週の第4話を見終えて「LIAR GAME(ライアーゲーム)」に対して抱いていたワクワク感が かなりのパーセンテージで激減した。^^;
ストーリーを盛り上げようと考えたのは判らなくも無いが、完全に評決が判明する前にXが己の正体を晒す…という展開は 甚だ興醒めだったからだ。
しかも、
「水田芙美子」がろくな台詞も言わぬまま敗退するし…
シリアス調なんだと思っていたら「戸田恵梨香」に つまらんボケ演出で ギャグめいたカットを入れる事もガッカリだ。^^;
なので、今回は 以上。^^;
あ、ひとつだけ 蛇足を言えば…
私は「 L 」の「氷抜き」だ。^^
2003年に公開された「きょうのできごと」と そのメイキング「というできごと」について語ってみる。
映画監督「行定勲」に関しては 私の中で賛否両論ある。^^;
あくまでも私の個人的見解で言えば 現在の「行定勲」は嫌いである。
けど、彼の初期の作品から「きょうのできごと」までは 彼を好きな「監督」だと評価していたわけで 今思えば、「きょうのできごと」は その分岐点にあたるんだな。^^
何故、現在、私が「行定勲」が嫌いなのかは 今までいくつかの記事で述べたので今更語るのは止め、「きょうのできごと」について語ろうと思う。^^
さて、この「きょうのできごと」という映画に対する私の評価は もちろん作品全部に対してでは無いけれども すこぶる高い。
それは
「伊藤歩」と「田中麗奈」がツートップで魅力を全開にしているからだ。
妻夫木の彼女という設定の「田中麗奈」と その友達であり妻夫木の幼馴染みという設定の「伊藤歩」 この二人が実に秀逸
彼氏が運転する車の助手席は彼女の席
この暗黙のルールも 彼女とは仲良しで、彼氏の幼馴染みという女の子にとっては 無意識に忘れてしまう事で 後ろの席で彼女が寝込んでいると思い込んだ彼氏と幼馴染みは 彼女の知らない 彼氏と幼馴染みだけの話に夢中になり、彼女は寝たフリしながら それを聞く…
普通ならヤキモチを焼いたりするところなのだろうけど、高速のサービスエリアで寝ている彼女の分も缶コーヒー買ってくれた彼氏の気配りに…
まぁ、そんなあらすじは どうでも良い。^^
とにかく「伊藤歩」と「田中麗奈」が良いんだ…
ちょっと小悪魔な「田中麗奈」も良いし
おそらく、私の知る限り 彼女の出演作の中では最も可愛いい「伊藤歩」が映像の中にいる。
それと、
何気なくニュースを見ながらブツブツ言い合う仲間達…
こんなシーンが 妙にノスタルジィを感じさせてくれる魅力が この映画にはある。
さて、
「きょうのできごと」のメイキング「というできごと」というDVDを見ると
「津田寛治」の素が垣間見れる。
映像内でも レスキュー隊の好漢を好演しているが メイキングでインタビューに応える様子からも好漢ぶりが伺える。^^
さてさて…
いくつかの映画サイトを見ると この映画の評価はわりと高低の差が激しい。
その理由は コメントを読んでいるとよく判るほど、良いと感じる部分の評価と 悪いと感じる部分への評は理解出来る。
で、最近 この映画に限らず いくつかの映画に関して、他のサイトではどうなんだろう?と考えて参考に意見を拝読しようと思って見回っていて ひとつ気づいた事があるので ついでに述べておこうと思う。
それは、私は自称「若手女優に方言で台詞を喋らせる会」の会員だが、それぐらい舞台設定における方言の重視を説いてきたつもりである。
が、役者が方言を喋っているつもりでも その言い回しのアクセントやイントネーションがネィティブ達から批判され 作品そのものの出来、不出来より 役者の方言が下手クソで…という理由で評価を下げられている作品が 時々、見受けられる。
その点については 私も同感に思う部分はある。
どんなに「北の国から」というドラマが 私の中で神ドラマでも、「北の国から」の中で演じられた「田中邦衛」や「岩城滉一」の喋り方が北海道弁か?と考えれば 時々、?と感じる部分は多々あり、それがゆえに「なんだかなぁ」と思った事が正直言ってある。
でも、それと 作品の出来の評価、特に ストーリーの評価は別だと思っているから、批判を述べた事は無い。
で、今回 申し述べたい事は いろんな映画サイトを見回っていて特に目がついたのは関西人による関西弁の批判の多さと、その批判に対する内容への疑問である。
と言うのはね、例えば この「きょうのできごと」という映画に登場する人物の殆どは関西弁(のつもりで?)を喋っている。
が、この映画の評を見ていると「田中麗奈」や妻夫木の喋る関西弁のアクセントが変という事だけを批判している評が案外多い。
しかしながら、道産子の私には 彼らの台詞は関西弁に聞こえているつもりだった。
で、何を言いたいかと言うと…
一口に「関西弁」と一般的に言うけれど よく考えれば兵庫方面、京都、河内方面など 関西圏の中でも地域別に違いがあり、それらがごちゃ混ぜになった言葉を使っている人は数え切れないぐらいにいる。
地元の いわゆるネィティブであれば それを聞き分ける事は可能であろうし、聞き分ける事が出来る人なら 元々、関西以外で生まれ育った役者が付け焼き刃のように喋る関西弁風の台詞など とても耳障りにもなるだろう。
でもね、関西圏以外 特に関東以北で生まれ育った人達には そんな微妙な聞き分けなど多くの人には出来無い。
ゆえに、方言のイントネーションやアクセントだけ限定して批判しても その評には説得力が備わらないという事に気づいた方が良い。
つまり、方言に拘った批評ばかりが増えるのは 結果的に、映画やテレビは標準語で作りましょう…という方向に向かうばかりで「若手女優に方言で台詞を喋らせる会」としては意味が無い というか、逆効果になりかねない…という事。
と、同時に「その関西弁はおかしい」と言葉に拘りを持つ関西人の姿勢はけっして悪い事とは思わないが、では 他府県の方言に対して アナタはどれだけ知識を持っているの?という点を 出来れば兼ね備えて頂きたいと切に願いつつ 映画評を述べるならば、台詞回しだけじゃなく 演出や構成、脚本 役者の技量などにも留意して総合的に述べないと ただ、関西弁への拘りだけをヒステリックに叫んでるだけにしか映らず、それは本意では無いでしょう?と進言したい。
私は 純粋に「きょうのできごと」という映画の評を読みたいと思い いろんなサイトを回ったのだが あまりにも言葉だけへの批判しか述べていない方が多いので残念に思ったのだ。
誤解されたくないので 最後に付け加えておくが 上述した事は関西人批判のつもりで述べたのでは無い。
例えば、青森に住んでいる人が 奇妙な津軽弁や下北弁を聞いたら? 鹿児島の人が妙な薩摩弁を聞いたら? それぞれにも同様に言えることなのである。
が、それらの中で「関西弁」とされるものに関しては 上述したようにひとまとめにされた総称であって 細かい違いが沢山ある複雑性すら度外視しての批判が多い事への注意…という意味のつもりである。