主治医同伴で 映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』を映画館に行って観て来た。

やってくれたなぁ… 石原慎太郎
素晴らしい一本を後世に残してくれたと心底、敬意を表したい。
これこそ「慰霊」の戦争映画だと思うよ。
『硫黄島からの手紙』を観た時に
「なんで、こういう映画を日本人が撮ってやらないんだ!!!」
と、歯痒かったが その鬱憤を吹っ飛ばして貰えてスッキリした。
スッキリすると同時に 止めどもなく涙が溢れた。
朝鮮人でありながら 日本兵として特攻に散った先人のエピソードも余計な思惑を省いた描き方で秀逸だったし、出撃しながら生還した兵への慰めとしても秀逸だった。
『俺は、君のためにこそ死ににいく ナビDVD』を観た時に

出撃する隼の編隊を見送る民間の人々… ナビには ここまでしか無かったが、そんなナビでも私は泣いた。
けどね、本編では この直ぐ後のシーンでボロボロに泣かされた。(ToT)
中央の年配の人物が「石橋蓮司」で その右隣が「中越典子」だと判ったのは 本編を観てからなのだが、この「石橋蓮司」は…
駄目だ、このシーンを思い出しただけで泣けて言葉にならない。(ToT)
良いシーンを挙げていったらキリが無い。
そんな中で 個人的にひとつだけ挙げさせて頂けば、BGMでオーケストラ調の「海ゆかば」が流れたシーン 私は起立して、スクリーンに向かって厳粛に頭を下げたい衝動にかられて仕方が無かった。
で、ひとつ触れておきたいシーンは「伊武雅刀」が演じた「大西瀧治郎中将」について
「大西瀧治郎中将」は太平洋戦争開戦前から ずっと海軍航空隊のエキスパートの一人で「第一航空艦隊司令官」や その前は「軍需省航空兵器総務局長」という職にあったため「特攻隊生みの親」と呼ぶ人が少なく無い。
そう呼ばれる最大の理由は1945年8月16日、日本の敗戦が決定した翌日、「特攻隊の英霊に曰す」と書き始められた遺書を遺して切腹したからだ。
この時、大西は特攻隊員として散っていった部下への贖罪の意を込めて 介錯や、治療を拒み、自ら長い時間、痛みに苦しんだ末に死んでいったと言われている。
ゆえに、特攻隊に関して否定的な論者からは 特攻という残虐非道な命令を発した悪魔の様な指揮官として今日でも罵られる事が多いが、当初、特攻を実施する提案がなされた時に烈火の如く怒って猛反対した事実とか、「第一航空艦隊司令官」や「軍需省航空兵器総務局長」という職についた時期と 特攻が実施されたり、特攻兵器が開発された時期や経緯との間にズレがあり「特攻の生みの親は大西では無い」とする意見が根強い事には あまり触れられた事が無い。
あくまでも個人的意見だが、私は 自ら割腹して部下に詫びた事で「大西瀧治郎中将」を非難する気持ちにはなれない。
たしかに、「死んで罪が許されるのか?」という抗議の声も否定出来無いが 積極的に部下に特攻を命じながら戦後、自分の咎を他人に責任転嫁したり、他人の英雄談を我が事の様に語って来た指揮官が少なく無い事を考えると 前述した「本当に 大西が生みの親なのか?」という部分もあって、一方的に大西を責めるのは間違いだと思っている。
ゆえに、この映画の中で 割腹のシーンと 聞き取りにくいが大西が断末魔の中で言う台詞を描く事で、戦後 一方的に責められ続けた大西への慰霊の意を感じた次第だ。
尚、最期に 故・大西瀧治郎中将の遺書を参考までに掲示しておきたい
遺書
特攻隊の英霊に日す 善く戦ひたり深謝す 最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり然れ共 其の信念は遂に達成し得ざるに到れり 吾死を以て旧部下の英霊と
其の遺族に謝せんとす
次に一般青少年に告ぐ 我が死にして軽挙は利敵行為なるを思ひ 聖旨に副ひ奉り自重忍苦するの誡ともならば幸なり 隠忍するとも日本人たるの矜持を失ふ勿れ
諸子は国の宝なり 平時に処し猶克く特攻精神を堅持し日本民族の福祉と世界人類の為
最善を尽くせよ
どう表現しても陳腐にしかならないのが残念だが、この映画は すこぶる良い。
本当に良いモノを ありがとう… そう、制作者に深く感謝申し上げる。